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Weekly連載小説「In God We Trust」(全10話)

Weekly連載小説「In God We Trust」

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話
第6話 第7話 第8話 第9話 第10話 2016.04.27 NEW!!

登場人物
●優・・・本編の主人公。
●恵理・・・優の彼女。優とは結婚を前提に付き合っている。
●和也・・・優の中学時代の同級生。
●洋子・・・和也の中学時代の彼女。
●久美子・・・優の中学時代の彼女。
●公子・・・恵理の母親





▼第1話

――僕の記憶が正しければ、あれは中学2年の8月の終わりだったと思う。


「おい、和也!いい夏だったか、今年?」


僕は部活帰りに公園のブランコに乗りながら、同級生の和也に問いかけた。

「まあな、レギュラーになれたし、地区大会だって3回戦まで行けたしな。
 それに、お前には黙ってたんだけど、洋子が毎試合応援に来てくれてたんだ。
 なんか、俺にとっては最高の夏だったんじゃねぇかって感じ。
 それよりお前はどうよ?」

「俺か・・・。レギュラーはダメっぽいし、
 久美子はバスケの練習で補欠の俺の試合どころじゃないみたいだし。
 電話で話してもさ、なんかお互い励ましあって終わっちゃって、
 今いち盛り上がらないんだよね。」


――そんなわけで、あの時の和也のように『最高の夏だったんじゃねえかな』
と言えるような夏に、僕はこれまで縁がなかったのである。



***



昨年の秋、僕は3年ほど付き合い、お互い結婚も意識していた彼女の恵理から
何の前触れもなく『別れようか?』と唐突に切り出された。


「えっ、どういうこと?」

「どういうことって言われても上手く説明できないわ、ごめんなさい。
 だけど、なんだか価値観とか――」

「価値観?」

「価値観、というより、優ちゃんと結婚して、子供を育ててこれから先のことを考えると
 今だったらまだやり直せるんじゃないかって。だって私は今年27歳でしょ、
 なんだかこのまま優ちゃんと二人で新しい生活を始めるのがいいのか、悩んだの。
 でもうまく説明できなくて、今はごめんなさい、しか言えないわ。」

「ごめん。今、頭の中混乱してて気持ちの整理もつかないし、感情的に話したくないから、
 時間を置いて今度ちゃんと話がしたいと思うけど、どうかな?」

「優ちゃん待って。ちょっとだけ、もう少し聞いてくれる?私の気持ち。」

「わかった、いいよ。」

「私、優ちゃんとずっと付き合ってきたじゃない?
 それで、優ちゃんから『恵理が30になる前に二人で家族になろう』って、
 去年の誕生日に言ってくれたよね。
 あの時ね、私が中学生の時に初めて出た剣道の地区大会で勝った時みたいに
 何だか夢をみてるような、そんな気持ちだったの。
 嬉しくてベッドに入ってから涙が自然に流れて、ああ、これが嬉し涙っていうんだ、
 って思って。」

「恵理が俺の気持ちを受け入れてくれたこと、本当にうれしかったよ。」

「それで、いつか二人で指輪を買いに行ったり、不動産屋さんへ出かけたり、
 結婚式のドレスを一緒に見に行く日のことを思い浮かべたりして、
 ほんと毎日が楽しくてね。あれから優ちゃんとどこへ出かけても、
 『いつか、二人の間を繋ぐ小さな手と一緒に公園とかを散歩するんだなあ』とか
 想像しちゃったりしてねー。」

「恵理、あのさ、恵理は俺と別れたい、って話をしてるんでしょ?
 さっきから聞いていると、そんなふうでもなんでもないんだけど?」

「ごめん。それでね、優ちゃんと結婚したら、これから先の何十年どうなるんだろうって、
 色々と考えてたら自信がなくなっちゃたの。
 優ちゃんとどうなるとかより、私自身、この先このままでいいのかなって。
 結婚って何なの?とか、家と家とのお付き合いとか、お爺ちゃんとか、お婆ちゃんとかも
 含めて――。
 たぶん優ちゃんとそういうところの摺合せが未完成のまま、
 このまま時間だけが結婚に向かって動いているような、
 そんな中で私はどこに向かっているんだろうって――なんだか正直疲れちゃった。
 そんな感じってわかるかな?――ねぇ、優ちゃん、聞いてる?」

「あぁ、恵理の言っていること、なんとなくわからない訳じゃないよ。
 正直俺も時々、面倒くさいなぁって考えていたとこあったからな――。」





▼第2話

恵理と別れてから2年が過ぎようとしていた。

乱雑に放置された書類の山を整理していると和也からの年賀状が出てきた。
それは可愛らしい子供と3人で写る微笑ましい家族写真となっていて、
女の子の名前は未来(みく・2歳)と記されていた。
奥さんは結婚式の前に和也から初めて紹介されたが、
中学時代の洋子に似ているように思えた。

和也はすっかりいいお父さんになっているのに、僕は昨年会社を辞め、
とりあえずFXと株の取引きで「その日暮らし」のような日々を送っている。
それでもアベノミクスのおかげで円を売って日経平均インデックスを買っておけば、
誰でも収益を得られる一方向の相場付きだったため、
想像以上に余裕のある生活を送ることが出来ていた。


――あの時、恵理と別れずにいたら今頃は違った生活だったかもしれない。


別れてから2年がたった今でも僕は時々恵理のことを思い出していた。

『ところどころで大気の状態が不安定になっています。
 明日の明け方にかけて激しい雨が降るところがあります。
 各地の気象情報には十分に気をつけて下さい。』

つけっぱなしのテレビから流れてくる天気予報では雨に警戒とのことだが、
僕の住んでいるマンションは大家さんの娘さんが音大でピアノを専攻しているらしく、
防音のため二重サッシが標準装備になっており激しい雨音もかなりかき消されていた。



***


うつらうつらした頭の中でベッドサイドに置かれた携帯の呼び出し音で目が覚めた。
寝ぼけながらも携帯を手に取り、「もしもし・・・」といかにも眠そうな声で電話に出た。


『もしもし、私だけど、わかる?』


それは、2年ぶりに聞く恵理の声に間違いなかった。
携帯の番号を変更しなくてよかった、そんなふうに思っている自分の気持ちがそこにあった。

予想を上回るアメリカの雇用統計を受けてドル円が上昇、
アメリカ経済の強さを評価して、10年債利回りが2.7%まで上昇する中、ダウも大幅な上昇。
ドル買いポジションをどこまで引っ張ろうか、一部だけでも利食おうか考えているうちに
いつの間にか眠ってしまったようだ。

「えっ、まさか恵理?どうしたのこんなに朝早くから?」

『優ちゃん、やだっ、もう9時を過ぎてるわよっ!
 まったく今日が休みの日でよかったね、平日だったらサラリーマン失格よ!』

携帯から聞こえてくる恵理の屈託のない笑い声に、なんだか嬉しい気持ちになっていた。
その傍ら、結局週末のドル円はいくらで引けたのか、ダウはどこまで上がり、
日経先物はいくらで終えたのか、こんなふうに確認することが週末の習慣になっていた。

「恵理、久しぶりだね、元気だったか?どうした、何かあった?」
そんな僕からの問いかけに黙り込む恵理。

『あのね、優ちゃんにお願いがあるの。』
すっかり明るさを失った恵理の声に僕は嫌な予感がした。

『実は私のお父さんが事故に遭って、血が、輸血が必要なの。
 お父さんはB型で、B型の人はBかOだったら大丈夫って話なんだけど
 私の周りにB型がいなくて・・・。優ちゃんが確かO型だったことを思い出したの。
 お願い優ちゃん、私のお父さんに力を貸して・・・っ!』

恵理の声はすっかり涙声に変わっていた。

「わかった、泣かなくて大丈夫だから、病院に行くからどこか教えて!」

夢中でエンジンをかけ、僕の車は横浜の病院に向けてかなりのスピードを上げていた。
気ばかりが焦る中でカーナビの音声だけは冷静に淡々と道案内を続け、
予定よりもかなり早く病院に着くことができた。



「ごめん、私から別れを言い出しておいて、こんな時に急に連絡して。
 私の我儘で優ちゃんをさんざん振り回して、ごめんね。」
そんな言葉を何度となく口にしていた恵理。

病院に着いてからも手続きやら、看護婦さんからの説明など予想以上に時間がかかり、
一段落着いたのは夕方近くなっていた。
相変わらず待合室の窓を冷たい雨が音を立てている。


恵理の親族に囲まれて招かざる客として居場所を失っている僕の前に
恵理の母親が「ちょっと、こちらへ」と手招きをし、廊下の隅へ向かった。


「今日は雨の中、娘の余計な連絡でご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。
 そしてありがとうございました。主人も何とか大丈夫みたいです。
 これ少しですがお礼です、気持ちですので受け取っていただけますでしょうか?」

お礼は「今日のことは今日でおしまいにしましょう」と、
恵理ともこれきりにしてください、の意味なのか
純粋にありがとうございました、なのかわからないが、そんなことはどうでもよかった。

「いやとんでもありません。そんなつもりもありませんし、受け取ることはできません。」
「いや、それでは困りますの。」



そんなやり取りが続いていると恵理がいつの間にか傍らに来て、
母親から封筒を受け取りながら

「私から優ちゃんにお礼を渡しておくから。」と助け舟をだし
「優ちゃんちょっと食事でも付き合ってくれる?」と誘い出してくれた。





▼第3話

お母さんと別れた僕と恵理は外へ向かって歩いていた。

「ねぇ、もう一つだけお願いしていい?久しぶりに優ちゃんの車に乗せてくれない?」

「うん、いいよ。今日だけは恵理に付き合うから大丈夫だよ、わがまま聞くよ。」

食事をしながら、2年前に別れて以降のこと、仕事のことなどを含め、
何とか元気に頑張ってるから、との思いを伝えた一方で恵理からは、
自分から別れを切り出したことに対する申し訳なかった気持ちを何度となく繰り返し、
曇りがちな表情ばかりを浮かべていた。

「あの頃は楽しかったからいいんじゃない?それに二人で出した結論なんだし、
 どっちが悪いとか、そんな話でもないでしょ。俺はちょっとした事故だって思ってるよ。
 むしろ俺の気持ちが弱かったってことかもしれないし。」


楽しそうに話をしながらも、敢えて今付き合っている人がいるとか、いないとか、
そうした話を切り出すこともなく、肝心なことを避けているように思えた。

恵理の心も自分の気持ちも揺れていることがわかる。
一度心が離れてしまうと簡単には元に戻れない。

恵理とやり直したいという気持ちがあったからこそ、会いに来たはずなのに、
おそらく恵理もそんな気持ちがあったからこそ、呼び出したんじゃないだろうか?
そんなふうに考えていた。それでも前に一歩踏み出すことができない現実。
お互いに抱きたいとか、抱かれたいとか、今はお互いの要求や欲求のないところで
上手くバランスしているのかもしれない。


食事を終え、病院に向かって走り出す僕の車。
助手席に座っている恵理に安心感や温かさを感じていた。
ずっとこの時間が続けばいいのにと何度も思ったがあっという間に病院に到着してしまっていた。

「優ちゃん、ありがとう。久しぶりにとても楽しかったわ。
 それとお父さんのことも本当にありがとう。」

「俺も楽しかったよ。お父さん、早く良くなるといいね。なんか困ったことがあれば
 いつでも連絡しておいで。少しでも力になりたいって思ってるから。」

恵理は車から降り、ぽっかり空いた助手席のまま、僕の車は家に向かって走りだした。


まだ、冷たい雨は降り続いていた。


***


5月、FRB議長が質疑応答の中で米国の量的緩和の出口に言及したことから、
翌日の日経平均は1100円以上もの大幅な下落を記録、こうした煽りを受けて
ドル円も103円台後半から100円台後半へ3円近い円高が進んでいた。

FXや日本株投信などを中心に生活費を稼ぎ、昼夜問わずに画面を見ながら
取引をしてきた僕は、こうした調整が長引くことが懸念され、内心ひどく動揺していた。
FXならばドル売りにギアチェンジすれば済むが、株式投信ではベア型に投資していない限り、
損失が膨らむ一方だった。

恵理と食事をしながら話をしたあの日以来、恵理とは音信不通となっていた。
もしかしたらあれは、一時的に復活しかけるかに見えた一本の糸が完全に切れたことを
確認するための出来事だったかもしれない。

一つの歯車が動き出そうとしていた。
それが前に進むのか、後ろに進むのかをお互いに確かめようとしていたんだと思う。
そうでなければ恵理は連絡してこなかっただろうし、
僕も理由をつけて病院に向かうことをしなくてもよかったはずだ。
結果的に、不安定ながらもなんとかゆっくりと動いていた歯車にダメージを与え、
二人で止めてしまったのだ。

物事には流れとか風向きというものがあるらしい。
何をやっても上手くいくこともあれば、
突然流れが変わって何をやってもアゲインストになる。
蟻地獄に落ちた小さな虫にようにじたばた騒げば騒ぐほど、足許をすくわれ、
深みにはまってしまう。

まさに今の僕がそんな状況にあるように思えた。



***


すっかり目を覚ました恵理の父親は大事には至らず2週間ほどのリハビリが必要なものの
後遺症はないと診断された。

「恵理、優さんが私のために輸血にかけつけてくれたらしいな。
 私も彼にきちんとお礼しないといけないな。」

「でもお父さん、もう優ちゃんとは昔みたいには戻れないわ。おそらく彼も感じたと思う。
 お互いに結婚まで意識して付き合ったのよ。私にも彼が何を感じたかくらいわかるわ。」

「それでも、恵理自身が困ってどうしようもないピンチの時に、
 まっさきに助けを求めたのは親戚や友達ではなく、優さんだったんだろう?
 それに彼だって恵理のお願いを断らずにすぐに駆けつけてくれたんじゃないか。
 単に人助けとかそういう感情だけではなかったと思うよ。」

(確かに、一番最初に浮かんだのは優ちゃんのことだった。)

「私は恵理の恋愛とか結婚に口出しするつもりはないが、きちんとお礼はしたのか?
 雨の中、わざわざ病院まで駆け付けてくれたんだ、無事に家に帰れたのかと
 お前から連絡するべきだろう。色んな感情があったのかもしれないが、
 大人としてきちんとしなければダメだろう?」

「お父さん、ごめんなさい。」

「恵理、私にではなくて彼にきちんと伝えるんだぞ。」

そういってお父さんは厳しい目で私を見た。
だけど、すぐ普段の優しい目に変わった。

「・・・なんだか、昔を思い出すなあ。
 こんなふうに恵理と二人でゆっくり話すのはひさしぶりだな。」

「そういえば、お父さん。お父さんはどうしてお母さんと一緒になったの?」

「恵理にこんな話をするのは初めてだな。母さんには内緒だぞ。
 まあ、私が母さんが一緒になるまでは、色々とあったんだ。懐かしい思い出だな」






▼第4話

「母さんとの結婚は順風満帆に進んだわけじゃないんだ。
 私との結婚は母さんの家柄にふさわしくないと母さんの父親に猛反対されたんだ。
 よくある話では親に反発してでも一緒になりたいと言い出すんだろうけど、
 母さんは『お父さんが反対するのなら私も家の方針に従う』って言ってきたんだ。」

「えっ、一回は結婚を諦めたの?なんで、お父さんとお母さんは結婚できたの?」

「冷静になってもう一度考えたんだ。
 母さんと一緒になりたいのかどうか、なぜ母さんじゃなければダメなのか、
 母さんじゃない別の人でもいいのか、ってじっくりとね。
 もし恵理が私と同じような状況だったらどうする?少し考えてみてごらん?」

私は優ちゃんと過ごした2年前のこと、そしてこの前のことを思い出していた。

私は本当に優ちゃんと一緒にいたいの?それとも他の誰かでもいいの?
このまま連絡を途絶えさせていいの?それで後悔しないの?
正解のない問題には自分で納得のいく答えを導き出す。
そのヒントになるのは自分の気持ちただ一つ。
私にとっての答えとはなんだろう。私はじっくり考える日々を過ごしていた。

5月の爽やかな風の中で揺れる木々から、夏の訪れが近いことを告げているように思えた。



***


5月後半のFRB議長の量的緩和から出口戦略を探るとの発言以降、
6月の半ばまでの僅か3週間で日経平均株価は3,500円も下落したほか、
ドル円も103円台後半から93円台後半へ急速な円高が進んでいた。

この年の4月に日銀が導入した異次元緩和という大規模な金融緩和により株高・円安が進行。
デパートでは高額商品の売れ行きが好調といったニュースも聞かれデフレからの脱却は
良いことづくめ、といった風潮が徐々に浸透しつつあった。
一方で「我々のような零細企業にはアベノミクスは関係ない」と町工場の社長インタビューが
流れるなど、野党側はアベノミクスは格差拡大につながる悪政だ!といった批判もあがったが
「景気回復」への期待を前にこうした批判は埋もれていった。

そうした中で僕の日本株投信を中心とするポートフォリオはほぼ全滅常態にあり、
評価損失を抱えたまま新規投資も出来ずに、ただただ嵐が通り過ぎるのを待つばかりだった。
一方のFXはドル売りポジションを持っても一日の値幅が2円を上回る日もめずらしくなく、
振れ幅の大きな状況で目先の利益をあげることに徹する戦略で何とか凌ぐのが精一杯だった。

株や為替の情報番組を見ていてもポジションのやられが気になり集中力を欠くなど、
昼寝が日課になるような不規則な生活リズムが当たり前になっていった。
このままじゃいけない、と気持ちではわかっていても身体がどうしても動かない。

恵理と別れて以来、結婚も含め自分自身の将来設計を描く必要性もなくなったことで
その日暮らしに徹する日常になっていた。



***


「恵理、優さんとの答えは出たのか?」
リハビリを終えたお父さんが私に聞いてきた。

「正直よくわからないわ。答えを出すのにもう少し時間が必要かもしれない。
 仮に私の気持ちがもう一度彼に前向きになったとしても
 優ちゃんの気持ちが私に向いてなかったら、って考えるとどうしても答えが出せないの。
 少し臆病になっているのかもしれないわ。」

「そうか。まあ結論を急いで出すよりも、自分の答えをきちんと出すことが大切だからな。
 じゃあこの前の続きを話そうか。私が母さんとどうして一緒になれたかっていう話。
 参考になるかわからないが、いい機会だしこういう話もあることを知っておいてほしい。」

私は静かにお父さんの話に耳を向けた。

「母さんのお父さんに反対されたけれど、私にとってやっぱり母さんが必要で
 自分にとってかけがえのない人だという思いが強かったんだ。
 なんとなく母さんも私のことを待ってくれているんじゃないかっていう想いがあって、
 母さんとの結婚を諦めてはいけない、っていう風に思えたんだ。
 だからきちんとお父さんを説得して、母さんとの結婚を許してもらおうと決心したんだ。
 ただ、感情まかせの説得ではお父さんも納得できないだろうから、色々と考えたよ。」





▼第5話

結婚を断られた後も私たちは完全にお別れせずに、時々会ったり手紙を交換したりしていた。
公子のお父さんも「二度と会うな」というような厳しいことは言わなかった。

確かに家柄の違いがあるのは事実だった。公子のお父さんは上場企業会社の役員で、
公子自身も国立大卒で優秀な成績の上に、華道、書道などの数々の習い事をしていた。
中でもバイオリンは何度かコンクールに出場するなど一目置かれる存在だった。

それに比べ私の父親は普通の実直なサラリーマンで、私は普通の私大卒。
特別な習い事や資格を持っていたわけではない。

公子の親からしてみれば大事な娘を訳のわからない小僧に、という気持ちも理解できる。

だけど小さい頃から母親に「ズルいことだけはしたらダメだからね」と
口癖のように教えられながら育ったことは誇りに思っている。

家柄の違いはあるが、私にとって公子は今まで出会った人の中で一緒にいてホッとできる
唯一の存在だった。

例えば買い物に出かけると、料理の材料を迷いなく買い物かごに入れていき、
頭の中にレシピが詰め込まれているから、料理本を見なくても手際よく調理していく。
さらに料理のレパートリーが豊富で一度出した料理を作ることはなかった。
おばあちゃん子だと言っていた通り、心遣いのできる優しくて暖かな人だった。

だから私の中で公子の存在は大きくそう簡単に諦められなかった。

公子も私のことを待ってくれているんじゃないかという想いもあった。
同じ時間を共有していくうちにお互いの信頼がしっかりと結びついているように感じていた。
だから絶対に公子との結婚を諦めてはいけないという強い想いが私の背中を押してくれた。
公子のお父さんともう一度会って、自分の正直な気持ちを伝えよう。
感情に任せるのではなく自分の心の底にある確かなものを伝えることで認めてもらおう。
本当の気持ちは必ず伝わる。公子への想いが自分の自信へと形を変えていた。
強い気持ちを胸に、私は公子にもう一度お父さんと話をしたいと伝えた。



***


これまでにない緊張感を背負いながら、重たい口を開いた。


「あえて今日この場で公子さんのお父様のことをお父さんと呼ばせていただくことを
 お許しください。改めてご挨拶させていただく機会を頂戴しありがとうございます。」

「んっ。」

公子のお父さんはじっと目を伏せたまま私の言葉を待っていた。
お父さんを挟んで左側に公子、右側にお母さんが表情を隠したまま静かに私を見つめていた。

「私にとって公子さんはかけがえのない大切な人です。」

チラッと公子を見ると目が潤んでいるように見えた。
そんな公子を見てさらに気が引き締まり、自分の想いをお父さんに伝えた。

「家柄の違いは私が生まれた時から受け継がれていたもので私にはどうにもなりません。
 しかし、実直な父親と暖かい母親に育てられたことを恥じる思いもなければ、
 むしろ誇りに思うと同時に大切に育てていただいたと両親には感謝しています。
 私自身、取り柄といえば自分の気持ちに正直に生きてきたところくらいかもしれません。
 そんな私が公子さんと出会った時、公子さんの家柄を意識したわけではありません。
 公子さん自身としっかりと向き合い、私にとってかけがえのない存在となりました。
 今後、どんな困難があっても必ず公子さんを守ります。」

私は大きく深呼吸をした。そしてお父さんの目に視線を向けた。

「どうか、公子さんと結婚させてください。」



***


「そんなお父さんとお母さんが一緒になってくれたから今の私がいるのね、
 私、お父さんから最高のプレゼントをもらったみたい、ありがとう、お父さん。
 そしてお母さんにもおじいちゃんにも感謝しないといけないとね。」


「そうだな。後から母さんに聞いたんだけど、私の気持ちがどれほど本気で、
 本当に将来を託しても大丈夫なのか、母さんの気持ちも含めて、
 ちゃんと確かめさせるためにあえて距離を取らせたみたいなんだ。
 一度距離を置いたからこそ、かけがえのない大切な存在に気付くこともあるんだよ。
 恵理は優さんのこと、どんな存在だと思ってるんだい?」


――優ちゃんは今頃どうしてるんだろう?

ベッドで横になりお父さんの話してくれた言葉を思い出していた。
同時に心の中での優ちゃんへの想いがだんだんと大きく膨らんでいるのを感じていた。





▼第6話

2年前から恵理との時間が止まったものの、時の流れは止まることなく進み続けた。
ロボット技術の成長が便利な生活を提供し、医療分野での研究がたくさんの命を救っている。
有能な人たちの活躍により、僕たちの暮らしはどんどん豊かになっていく。
世の中の流れというのは僕が体験したことのないスピードで進んでいるのだった。

例えば、僕が欲しくて親におねだりしてやっと高校生で買ってもらった携帯電話は、
スマートフォンとして姿を変え、小学生が器用に使いこなし、
美味しいと評判のパンケーキのお店に1、2時間並ぶのは当たり前の光景で、
今ではかき氷やポップコーンを買うにも行列ができることもある。
新幹線だって金沢や北海道にまで開業が近いといわれるほか、
2020年には東京でオリンピックが開催されるかもしれない。

そうなればますます世の中が急速に変化していくことになっていくのだろう。
こうした変化に今の僕はついていけるんだろうかと不安になる。
そろそろ自分の中の時計を動かして、前に進まなければいけないな。
とりあえず夏までに何とかしよう。まずは生活を習慣化することから始めよう。
今回の株安・円高でFXや株のトレーディングを止めるつもりはないけれど、
自分の核になるものを見つけてみよう。僕の心は少しずつ前向きに進み始めていた。



***


優ちゃんは私にとってかけがえのない人。

優ちゃんにとって私がどんな存在なのかなんて、優ちゃんにしか分からない。
私がどう思っているのか、その気持ちが一番大事なんだ。
なんでこんな単純な事に気付かなかったの?
優ちゃんに会いたい、そして会って気持ちを伝えたい。

気が付くと優ちゃんの携帯へ発信していた。
プルルル、とコール音が鳴り響く。
「ガチャッ、もしもし」と一番聞きたい音を期待して1回、2回とコール音を数えていく。
3回、4回、コール音を重ねるにつれて期待から徐々に不安へと変わっていく。
「えっ、どうして出ないの・・・?」
無機質な音が5回、6回と回数だけを重ねていく。

「優ちゃん、もう一度会いたい。」
そう強く思いながら、心の声が届くことを願い続けた。


ところが3日経っても、1週間経っても優ちゃんからの連絡はなかった。
こちらから何度電話をしても、電話の向こうから優ちゃんの声が聞こえることはなかった。
「優ちゃんどうしちゃったの。会いたいよ。」
そんな想いを抱えながら私の足は優ちゃんの家に向かっていた。



***


ピンポーン♪ピンポーン♪

家を訪ねても人がいる気配がしない。
わずかな期待をかけて家の前で少しだけ帰りを待とうと壁に寄り掛かった。

一向に繋がらない電話と人の気配がない優ちゃんの家。
もし優ちゃんに何かあったらどうしよう。女の子を連れて帰ってきたらどうしよう。
もう私のこと、忘れちゃったのかな? もう優ちゃんと会えないのかな。
期待していたことと反する現実に不安を覚え、いやなことばかりが頭をよぎる。
昼間はとても暖かかった気温も、日が落ちるにつれてどんどん下がり、
春物の薄手のカーディガンでは少し肌寒く感じる。
大きくて暖かい優ちゃんの手がとても恋しくなった。



「恵理、どうしたの、こんなところで?」



優ちゃんのそんな声を待ったが、何も聞こえてくることはなかった。

(私、何やってんだろう。)

暗くなった帰り道、涙を頬につたわせながら、すすり泣く声を抑えてとぼとぼと歩いた。
背負い込んだ寂しさが肩に食い込むほど重い。



優ちゃん、私、さみしいよ・・・。






▼第7話

『間もなく当機はヒューストンに到着します』


僕を乗せた飛行機のアナウンスが流れる。
身体中に怠さを覚えながらも2週間滞在したペルーの風景を思い出していた。

成田へ向かうNH6451便の出発までは5時間近く待つことになる。
それでもターミナルDでのアメリカへの入国審査と日本への出国手続きを考えると、
食事をしたりお土産を買ったりするにはちょうどこれくらいでいいのかもしれない。

時間があるのに、家の中でパソコンやケーブルTVで株や為替の情報を頼りに
ほぼ引きこもりの生活を続けていた自分。トレーディング収益はあがったが、
収益以上の価値を創造することを忘れていたように思う。
アメリカの探検家ハイラム・ビンガムによって古代空中都市マチュピチュが発見
されてから100年を記念して開催された古代インカ展。



***


「インカ文明って文字も残されてないから色々な謎を想像するだけでも面白いんだ。
 あんな高いところに街を築き、生贄を捧げる風習や文明が出来上がったにも関わらず、
 ある日突然一人残らずに消え失せこの空中都市マチュピチュだけが残った。
 未だにわからないことが多いんだ。」

「クスコとか、標高4000メートル近いところにあるチチカカ湖。
 優ちゃん、いつか連れていってね。そうそう、ナスカの地上絵も見てみたいわ。」



***


恵理と二人でちょっとしたブームになった頃のことを思い出していた。
恵理と一緒に来ていたらどんなに楽しかっただろう。
僕はもっとフットワークが軽く、色々なものに興味を持ってアンテナを広げてきたはず。
だけど、恵理のことがずっと心に引っかかったまま全てが中途半端になっている。
東京に帰ったらきちんと恵理と向い合おう。

(このままでは前に進めない、きちんと答えを出そう。)

自分の転機とするために日本から遠く離れたペルーに来た。
この地を選んだのは、恵理への想いがあったからか?
恵理への想いが無意識のうちに大きくなっていたってことなのだろうか?
曖昧だったものが少しずつ確かな形になっていく。

スマホの電源を入れるとインカ文明の時代から現実に戻ってしまう。
だけど、現実に戻らないとやり直せない。
そんな想いで2週間ぶりに電源を入れた。



『優ちゃん、どこにいるの?連絡待ってます』



似たようなメッセージが20件以上残されていた。
何かあったのかと思い、急いで恵理に電話を掛けた。


「もしもし恵理?」

『もしもし、優ちゃん!? もう!2週間も何やってたのよ!!
 全然連絡取れなくて心配しちゃったじゃない!
 今どこにいるの? 今何してるの? 誰かと一緒なの!?』

恵理からの質問ラッシュに驚きながら、一つ一つ答えていった。

「えっと、今までペルーに行ってたんだ。
 それで今、ヒューストンの空港にいて、これから日本に帰るところ。
 今は一人だよ。というか一緒に行く人なんていないよ。
 恵理こそどうしたの?また何かあった?」

『あのね、私、優ちゃんに会いたい。ずっと連絡が取れなくて
 もう会えないのかと思って不安だったわ、優ちゃん・・・。』

「そっか。心配かけてごめんな。それと、俺も恵理に会いたいんだ。
 ずっと一人で異文化の中にいて、恵理のことが気になって――。
 決して感傷とかじゃなく、恵理ときちんと向かいたいたいって思ってる。
 帰ったら会ってくれないか?」



優ちゃんの「会いたい」といった言葉に飛び上がりたいほど嬉しかった。

「いつに成田に着くの? 私、迎えに行くよ!」

『恵理、ありがとう。 こっちからの出発が2時間ほど機体整備のため遅れているって。
 だから成田に着くのは夕方の5時50分ごろかな。えっと確か飛行機はNH6451便だよ。
 そろそろいかないといけないからまた明日ね。』

そういって電話は切れてしまった。

でも明日、優ちゃんに会える。明日がとても楽しみに思えた。
会ったら優ちゃんに素直に私の気持ちを伝えよう。






▼第8話

『We are now cruising at an altitude of 33,000 feet.
 現在当機は巡航速度33,000フィート、10,000メートル、対地高度時速550マイル、
 880キロメートルで順調に飛行中です。』

機内での邦画を楽しみながらの14時間ほどのフライトもあと3時間ほどで成田だ。
成田からペルーに向けて飛び立った2週間前に機内で描いていたのは、
恵理との気持ちを整理しよう、そしてきっぱりと忘れようという想いに傾いていた。

ところがクスコからマチュピチュに向かう途中に泊まったウルバンバのホテルで
とても綺麗な天の川を見たとき、無意識に恵理とこの天の川を一緒に見たいと考えていた。
同じ空の下で生きているのに、恵理からはこの天の川を見上げることはできない現実に、
僕はもやもやと少しだけ寂しい感情を抱いていた。

巨大なサクサイワマン遺跡、チチカカ湖の浮島、ナスカでの遊覧飛行で眺めた地上絵、
どこにいっても恵理の面影を追いかけていた自分がいることに気付いた。

隣国、ボリビアからの女の子が「日本から一人で来たの?」とスペイン語で話しかけてきた。
僕は「そうなんだ。大切な人を連れてこれなかったんだ。」と答えた。
すると「どうして?」と問いかけてきた。

僕は、その質問に答えることができなかった。

物音一つしない部屋で、漆黒の闇の中に浮かんだ天の川を思い浮かべた。
川の向こう側にいる恵理に手を差しのべなければ二度と会えなくなってしまうかもしれない。
そんなふうに考えると恵理を失いたくない、会いたいという思いがどんどん増していく。

「後悔しないために、恵理に自分の気持ちを伝えよう。」

僅か2週間とはいえ、僕は人生において一番重要な期間だったように思う。
恵理と寄り添って生きる覚悟と何があっても恵理を守る絶対的な自信を見つける事ができた。
恵理は僕にとって本当にかけがえのない人だと気付き、
自分の気持ちに素直になれた大きな大きな2週間だった。


『Ladies and Gentleman, We will be arriving in Narita International Airport,
 in about fifity minutes.
 皆様、当機はただ今よりおよそ50分で成田国際空港に着陸する予定です。
 地上からの連絡によりますと、成田の天候は晴れ、気温は摂氏36度でございます。』


***


第一ターミナル、南ウィング1階の国際線到着ロビー。
私は優ちゃんの降り立つ予定時刻の3時間前に着いていた。

家にいても落ち着かなかった。万が一、到着予定時刻が早まった場合に備えてとか、
色々と考えながら、とりあえず成田に行けば優ちゃんに会える、という逸る気持ちを
抑えることができなかった。

午後6時40分、扉の向こうにオレンジ色の大きなバゲージを転がしながら
少し日焼けした顔の優ちゃんの姿が見えた途端、自然に涙が溢れていた。
人の目も気にすることなく、優ちゃんに向かって真っすぐに走り出していた。


「優ちゃん、おかえりなさい。」
「恵理、久しぶり。会いたかったよ。」
「優ちゃん・・・。」

その先は涙で言葉にならなかった。気が付くと優ちゃんの大きな腕の中に顔を埋めていた。
なんだかすごく安心してここが空港のロビーということを忘れ、
いつまでもこうしていたかった。

「優ちゃん。私ね、優ちゃんが一番大切。ずっと一緒にいたい。」
「恵理。俺も、恵理が一番大切。もう一度やり直そう、新しい俺と新しい恵理と。」
「新しい?」
「そうだよ。恵理と寄り添って生きるという覚悟と逞しさを備えた新しい俺と。」
「そして何があっても優ちゃんと生きていくことに揺るぎない私ってことね。」



夏に見放されて続けた僕に、ようやく
「最高の夏だったんじゃねえかな。」と自信を持って言える夏がやってきた。




***


ピンポーン♪ピンポーン♪
部屋の呼び鈴で目が覚めた。時計をみるとお昼に近い時間になっていた。

「なんだろ?ちょっと見てくるね。」

「誰だった?」
「郵便局からの書留が届いたって。」






▼第9話

ペルーから帰って来て以来、恵理と毎日のように会っていた。
お互いの気持ちを確かめあってから、お互い将来のことに真剣に向き合った。

その日暮らしだった以前の生活では恵理のことをきちんと守っていけない。
学生時代のアルバイトとサラリーマンの頃の預金、
そしてFXや株式投信で得た蓄えを見ればそこまで慌てるほどではない。
しかも、恵理が30歳になるまでに一緒になろうといった時から
自分で立てた生活設計に基づいて準備していたものがあった。
ただ恵理と家族になり、いずれ子供を育てるとなると決して余裕のある状況にはない。

今も日経平均は15,000円台半ばにあり、評価損のままだ。
一方でFX取引では上手くマネージできている。上下20銭にストップを置くことで
大きな損失にならず、確信が持てた時にポジションを少し積み増すなど、
チャートは勿論、過去のデータに基づいて自分なりのルールを
きちんと守ってきたことがよかったのだと思う。
しかしこのままでは恵理のご両親に胸を張ってきちんとご挨拶ができる状況ではない。

10日前に届いた書留は以前問い合わせをした金沢の桐箪笥の製造や
古くなった箪笥の再生を手掛ける小さな家具屋さんからの案内などの書類一式だった。
そこには『後継者不足でやる気のある人を育てたい。』との社長の想いが綴られていた。

FX取引や株式投信とは全くの別世界だったが、
僕の気持ちの中からサラリーマン生活に戻る選択肢は消えていた。
そして僕は新しい道へ進むことを決心した。



***


「以前の私だったらきっと、優ちゃんとだったら大丈夫!みたいな甘いことを
 言っていたかもしれないわね。」

「そうだね。前まではちょっと考えが甘かったかもしれないね。
 家族を守っていくっていうのは相応の覚悟じゃないとね。
 そういうことも含めて色々な事を二人でちゃんと乗り越えていけるっていう
 堅い信頼を築いていける人こそが、かけがえのない存在なのかもね。」

「この2年半くらいの期間が二人をそれぞれ強くしてくれたのかもしれないね。」


東京駅の23番線ホームには『かがやき519号』が発車10分前となっていた。
「優ちゃん、またしばらくお別れだね。でも私は大丈夫よ。」

「恵理、きちんと準備を整えて、そして強い家族になろうな。」
「気が付けてね。週末とか会いに行くからね。でも、ほんとはさみしいよ、優ちゃん。」
「恵理、大丈夫だよ。ちゃんと俺のこと信じて、大丈夫だから。」

「間もなく23番線より金沢行、かがやき519号発車となります。
 お見送りの方、扉から離れてください――」



***


それから2年の間、僕はひたむきに仕事に取り組んだ。
そんな僕に社長も応えるよう夜遅くまで丁寧に仕事を教えてくれて
なんとか数年後には一人前になれるだけの道筋を立てることができていた。

最初の頃は休みの日もコツコツと遅くまで仕事を覚えることを最優先し、
恵理とは電話で話すだけの日々が続いた。

そんな僕の姿に感心した社長から、3か月後特別な休みをもらうことができた。
その休みを使って恵理と一緒に金沢を観光することになった。


「今日はいろいろなところ行けて楽しかったなあ。」

久々に優ちゃんとのデートは、21世紀美術館や兼六園を観光したり、
ひがし茶屋街で食事をしたり、二人の時間を思いっきり楽しむことができた。
こうして旅館の部屋でまったりくつろいでいる時間もとても幸せだった。

「ねえ、恵理。ちょっと外散歩しない?」
「え、外?こんな時間に?」
「うん、外も結構綺麗みたいだよ。」
「ほんと?じゃあ行こう!」

私たちは旅館の外へ散歩をすることになった。





▼第10話

「わー!すごーい!」
旅館の外は昼とはまた違った景色が広がっていた。
はしゃいでる私を後ろで見守る優ちゃん。


「恵理、誕生日おめでとう。」
突然聞こえてきた優ちゃんの言葉に驚いた。
時計を見ると0時を指し、日付が変わって私の誕生日になっていた。

「恵理は俺にとって一生かけて守っていきたいかけがえのない人だと思っている。
 30歳までに家族になろうって言った約束は守れなかったけど、
 これから恵理と二人で家族を始めたい。だから恵理、俺と結婚してください。」

優ちゃんは小さな箱を取り出し、私に向けて差し出した。
箱を開けると光り輝くとても綺麗な指輪が姿を現した。


「・・・ありがとう優ちゃん。私、とても嬉しいよ。
 私も優ちゃんとずっと一緒にいたい。優ちゃんと家族を始めたい。
 こんな私だけど、これからよろしくお願いします。」

恵理は一杯の涙を浮かべながら、自分の思いを僕に伝えてくれた。
僕は恵理の薬指に指輪をはめた。

8月の終わりに僕が感じた人生で一番最高の夏になった。



***

『もしもし、優ちゃん? 再来週の土曜日が大安だから、27日の11時に家に来て欲しいって  お父さんが言ってるんだけどどうかな?』

「大丈夫。金沢を朝6時に出る「かがやき」なら東京駅に8時半過ぎに到着するから
 恵理の家にちゃんと間に合うよ。なんか少し緊張してきたけど、楽しみにしてる。」


そんなやり取りが行われた2週間後、僕は金沢から東京へ向かった。
最寄駅まで迎えに来てくれた恵理と合流し、二人で恵理の家へと歩いている。
恵理の家が近くなるにつれて僕の鼓動がどんどん早くなっていった。

9年近い日々を経て、こうした日を迎えられることが奇跡のように思えた。
2年程の空白期間も僕たちの意識の中からお互いが完全に消えることはなかった。
たくさんの経験が僕たちを成長させ、ようやく自分の気持ちに素直になれた。
僕にとって恵理が、恵理にとって僕が、かけがえのない大切な人なんだ。


「ただいまー。優ちゃん来てくれたわ。」
「はーい!」
キッチンから恵理のお母さんの声が出迎えてくれた。

「優ちゃん、こっちへどうぞー。」
恵理に促されて通されたリビングにはお父さんがデンッと構えて座っていた。

「ようこそ、優さん。何年前になるかな?
 私が事故に遭った時、輸血に駆けつけてくれてありがとうございました。
 今日も来ていただきありがとうございます。いつも恵理が大変お世話になっています。」

お母さんがコーヒーを淹れながらテーブルに揃えて席に座り、あらためて挨拶を交わした。
少しの間があって、恵理と目があった。僕は深呼吸してお父さんに目を合わせた。

「あえて今日この場で恵理さんのお父様のことをお父さんと呼ばせていただくことを
 お許しください。改めてご挨拶させていただく機会を頂戴しありがとうございます。」

ご両親と恵理は静かに、そして穏やかな表情で聞いてくれている。
僕は一生懸命自分の気持ちを伝え始めた。

「私自身、取り柄といえば自分の気持ちに正直に生きてきたところくらいかもしれません。
 そんな私が恵理さんと出会い、その後お付き合いを続けさせていただく中で
 恵理さんの人柄や性格に惹かれ、私にとって恵理さんはかけがえのない存在となりました。
 ただ、その気持ちが揺らいでしまった時期があるのも事実です。
 しかし僕たちにとってこの期間もお互いが成長できた大切なものだったと思っています。
 この期間を乗り越えた恵理さんと二人でこれからも色々な事を乗り越えて
 有意義な人生を共に歩んでいきたいと思っています。」

僕は大きく深呼吸をした。そしてお父さんの目に視線を向けた。

「どうか、恵理さんと結婚させてください。」


しばらくの沈黙の後、恵理のお母さんの目から涙がこぼれ、それが恵理に伝染した。

「優さん、娘をどうかよろしくお願いします。」
お父さんの目も潤んでいるのが確認できた。
僕は一生懸命に涙を溜め、こぼれないようにするのに精一杯だった。


「さあ、ご飯を食べようか。母さんの料理は絶品だぞ!」

お父さんの一言で涙が笑顔に変わり、お母さんの手料理をいただいた。
食事をしながら、僕の両親のこと、桐箪笥のこと、金沢での生活のことを話した。

「優ちゃんでいいかしら?何だか私たちに新しく息子が出来たみたいで嬉しいわ。」
会話の中でお母さんが言ってくれたこの言葉が本当に嬉しく思えた。
お父さんの事故で病院に出向いた時、恵理の親族に囲まれ招かざる客として
居場所がなかった僕はようやく恵理の家族の一員になれたんだと実感することができた。



食事を終え、幸せを実感しながら二人で駅まで歩いていると恵理が僕に話しかけてきた。
「優ちゃん、私本当に幸せって思う。ありがとうね。」
「恵理・・・。」
「優ちゃんって神様の存在を信じる?」
「In God We Trust・・・」
「In God We Trust? 信じてるってことね? 優ちゃん一緒に幸せになろうね!」


(おわり)

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