ジョセフ・クラフト 特別レポート
① 直近の注目米ニュース紹介
掲載日:2021年03月01日
ブリンケン訪日 ~ まだ調整段階ながら、3月後半をめどにブリンケン国務長官とオースティン国防長官のアジアとブリュッセル外遊が模索されていることが確認された。可能であれば、ブリュッセル経由でアジア訪問が調整されているようだが、大西洋と太平洋を一緒に調整できるか分からないとのこと。アジア訪問は日本、韓国そしてオーストラリアが対象。従って名目はQUADでは無く、2か国外遊となる。G7会合が要因でもあるが、2月半ば以降の首相動静を見る限り、外務官僚の官邸訪問が目立ち、ブリンケン長官訪日の協議が背景にあるのではと推測される。
1.9兆ドル経済対策の「修正版」が上院に提出 ~ 金曜日に同対策が219対212票の僅差で下院を通過。共和党から一人も離脱者が出なかったことに驚き、左派メディアが主張するほど共和党が分裂していないことを示唆するのではないか。法案の主な対策事項に関しては下記リストを参照。下院の対策案には、進歩派に押されて15ドルの最低賃金が盛り込まれているが、上院案では削除される。その理由の一つは、前レポートでも紹介した議事運営担当(通称上院審判)が予想通り予算とは関係がないということで削除を指示。2つ目の理由は、たとえ最低賃金が盛り込まれていたら民主党議員二人(Joe ManchinとKyrsten Sinema議員)が反対に回る公算が高いため、ホワイトハウス及び民主執行部が引くことを決めた。これにより週内に採決、50対50で法案が通る可能性が濃厚となった。
下院案 ~ 1.9兆ドルのコロナ経済対策の主な対策事項
・1,400ドルの低所得層向けの給付金(一回目は国民全員に1,200ドル支給)
・週400ドルの失業保険(前回は600ドル)
・州・地方政府に3,500憶ドルの援助
・幼稚園・小学校再開支援に1,300憶ドル
・ワクチン供給・コロナ対策に600憶ドル
・家賃・住宅ローン支援に300億ドル
・最低賃金を時給15ドル(1,575円)に引き上げ
ニーラ・タンデン行政管理予算局長官指名危うし ~ 12月15日のレポートで、手堅い閣僚人事に着手したバイデン大統領だが、行政管理予算局長官にニーラ・タンデン女史を指名したことに疑問を呈した。彼女の経歴から承認が厳しいことは明白にも関わらず、指名の背景にはCenter for American Progress(アメリカ進歩センター)の影響力があると指摘させていただいた。そして案の定、ジョー・マンチン(民主、ウェスト・バージニア州)が否決に回ると表明、アリゾナ州のキルステン・シネマは公表してないものの否決に傾いていると思われている。タンデン氏の承認問題は、能力よりも資質である。ヒラリーのe-mail問題の際、タンデン女史の資質を欠いた誹謗中傷のe-mailが明るみとなり、ワシントン政界で信頼に傷がついた。バイデン政権は表向き、議員の説得工作を続けると強調しているが、事情に詳しい関係者によると、内心諦めており代替候補探しに入ったとの報道もある。水曜日の採決が予定されている。
カショギ暗殺は皇太子承認でも制裁は避ける ~ 2018年のサウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏殺害事件で、同国の事実上の最高権力者ムハンマド皇太子が「拘束または殺害する作戦を承認した」との米情報機関の報告書が公表された。去年、大統領候補だったジョー・バイデン氏はカショギ殺害のムハンマド皇太子の関与を指摘、「彼らに代償を払わせ、パライア(のけ者)であることを改めて証明してやる」と高らかに謳った。バイデン政権は本日公式にレポートを公開するものの、ムハンマド皇太子本人に対しては制裁を課さないことを明らかにした。サウジへの武器売却の停止・縮小そして関与した幹部への制裁は行うが皇太子自身はおとがめなし。人権問題を最重視するバイデン大統領としてこの矛盾をどう説明するのだろうか。
② CPAC演説でトランプが再始動 ~ 共和党(保守層)への影響力健在(ウソ・はったりも健在)
昨日、フロリダ州オーランド市でCPAC(保守政治行動会議)が開かれ、トランプ前大統領が演説を行った。バイデンのお株を奪う「TRUMP IS BACK!」のような盛り上がりで少なくとも極保守層からの任期そして影響力は健在ぶりを見せつけた。トランプ氏は演説で、大統領選に勝利したなどと、相変わらず往生際の悪いウソ・妄想を主張(もうウンザリ)。更に、バイデン政権の政策は、「America FirstからAmerica Lastだ!」と現政権の揶揄も忘れない。そして最も注目された発言が、「4年前に始まった素晴らしい旅路は、まだ終わりからほど遠い」と2024年の再選に含みを残し歓声を浴びた。
トランプの影響力を象徴する動きとして、共和党下院ナンバー2のスカリス議員がトランプの別荘を訪問したり、トランプに批判的だった共和党上院トップのマコネル議員までも、「2024年にトランプが立候補すれば支持する」とCPACを控え、トランプに媚を売ったり、反感姿勢を和らげる動きが目立つ。更に、13人の共和党下院議員が、本職である1.9兆ドル経済対策の法案採決を欠席、トランプを優先してCPACに参加する呆れる始末。その一方で、トランプに懸念を抱く中道派共和党員も少なく無く、トランプが完全に党を掌握したとは言い難い。そこでCPACを通じてトランプの人気・影響力を検証してみたい。
ポイント① 新生リーダーの欠如 ~ CPACでのトランプの存在感の大きさの裏を返せば、他の候補の存在が薄過ぎることがあげられる。トランプよりもカリスマ性があり、党を引っ張っていく(若手の)リーダーが見当たらない。2022年の中間選挙そして2024年の大統領選で勝利に導いてくれる新しいリーダーが浮上するまで、共和党のトランプ依存は変わらない。
ポイント② 資金力 ~ 以前にも紹介したが、トランプ自身は選挙に負けたことは認識している。しかし、不法選挙と主張することで多額の献金を集め、それを共和党議員にバラまくことで影響力を保持しているのが本当の狙いである。CPACを控え、トランプ陣営は再選キャンペーンを行い、僅か4日間で2,700万ドル(約28億円)の献金を集めた。共和党、取り分け下院議員の多くはトランプの資金力に頼らざるを得ない実情がある。
ポイント③ 支持率回復 ~ 議会暴動直後は、トランプに対す批判によって支持率が下落したが、直近では回復を遂げている。2月16日のMorning Consult/Politico社の世論調査によれば、2024年の大統領候補に関して議会暴動前に54%あった支持率が42%まで下落した後、直近では54%に再び回復している(下記左表参照)。取り分け注目なのが、中立・中道派有権者からの支持が回復していること(下記右表参照)。共和党員だけでなく、中道派層も取り込めるならば2022年の中間選挙での勝利も現実性が増してくる。CPACでの聞き取り調査でのトランプ支持率は97%(保守会合なので当然である)。ただ、2024年の大統領候補に関してCPAC調査では55%と予想より低かったことは注目、トランプの完全復活とは断定できない状況も見られた。ただ、全体的なトランプ支持の回復を共和党議員らは把握しており、再びトランプにすり寄る傾向が強まっている。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
③ 米防衛相が尖閣問題で立場を訂正 ~ 施政権は認めるが、領有権は認めない
尖閣諸島に関するアメリカの防衛コミットメントは明確ではない、第5条が領有権ではなく施政権を指すことからアメリカが将来に防衛姿勢を変えるリスクがあるとの政府の懸念事項は以前から紹介させていただいている。不安だからこそ日本政府はチャンスある度に(直近では11月12日と1月28日の首脳会談)、第5条の確認(念押し)を取っている。その不安が立証された事態が先週の米防衛相定例記者会見で見られた。尖閣沖での中国による海域進出について聞かれたカービー防衛相報道官は、「日本の(尖閣諸島)領有権を支持する」とかなり踏み込んだコメントを行った(下記文参照)。ところが3日後にこの領有権に関するコメントを撤回、謝罪した(下記文参照)。国務省からの指摘なのか、それとも中国からの抗議が背景にあったのか分からないが、即時の訂正で無かったため、おそらく裏ラインを通じた中国の抗議ではないかと推測する。従来の姿勢から後退するものでは無いが、この訂正は中国による尖閣沖の海域侵入を助長しかねない。ウイグルや香港問題など中国の人権弾圧行為に断固たる批判を避けて来たバイデン政権として(下記⑤参照)、これも中国への配慮の一貫なのかと疑ってしまう。トランプ政権であれば訂正は無かったのでは?
2月23日の防錆定例記者会見
記者: この週末、中国の沿岸警備隊が日本の海域に進出しました。日本政府は尖閣諸島沖で緊張が高まっていると警告しています。この情勢に懸念はあるかそして日本政府とは連絡を取り合っているのでしょうか?
報道官: 我々は尖閣諸島に関する国際社会の領有権の見解と一致、無論日本の領有権を支持すると共に中国には沿岸警備隊を使った挑発的な行為を避けるよう要請する。
2月26日の防錆定例記者会見
報道官(冒頭コメント): 尖閣諸島の領有権に関するアメリカの政策に変化は無いことを申し上げたい。これまで通り、アメリカは、尖閣諸島を含む日米安保第5条の防衛に揺るぎないコミットメントがある。政策に関する更なる質問は国務省に問い合わせていただきたい。先日、私の間違った(領有権)発言は航海しており、混乱が生じたとしたら謝りたい。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
④ バイデンは対中強硬? ~ ならば習近平擁護発言をどう説明するのか?
以前からバイデン政権の対中姿勢に関して、「基本的にオバマ時代の融和姿勢を継承しつつも、現在の反中世論と議会を加味して、幾分強硬寄りに修正」との見解を指摘させていただいた。更にバイデン政権に精通しているある外交官の話として、「バイデン大統領とケリー特使は中国寛容寄りに対して、ブリンケン国務長官とサリバン安全保障担当が二人を強硬寄りに引っ張ってバランスを取っている」紹介させていただいた。実態は具体的な対中政策が無いのが現状。それが露呈したのはサキ報道官が1月25日の定例記者会見で、「現在、包括的な対中政策を模索している」と明かし、戦略が構築できるまでは状況を見守る意味で「戦略的忍耐」という表現を使い物議を醸した。そうした状況においても、バイデン政権は対中強硬である、中にはトランプ政権をしのぐ強硬姿勢との主張には驚かされる。
バイデン政権になって気になっていることが一つある。就任以降、バイデン大統領は公的なイベントで香港、ウイグルそしてチベット問題について批判どころから言及すらしていない。人権問題を重要視するはずのバイデン氏は、こと中国になると配慮あるいは遠慮を見せている印象を受ける。大統領の外交演説は、本人の最終承認を得るものの、ブリンケン長官とサリバン補佐官による計算された文面で作成。バイデン氏の本心を伺うには事前に準備されたスピーチよりもリアルタイムの質疑応答(インタビュー)でないと分からないと思う。そこで2月19日にCNN主催のタウンホール(対話集会)が行われ、その際の中国人権問題に関する見解には耳を疑った。
CNNのタウンホールでバイデン大統領はウイグル問題に関して習近平と話したかと問われたところ、批判・懸念どころか習近平の弾圧行為に理解を示した(下記文参照)。和訳だけだと信じてもらえないと思うので、下記にCNNが提供した英本文も合わせてバイデン大統領の発言を見ていただきたい。要するに、習近平の人権弾圧は中国を統一する目的で、それは理解すべきことであり、バイデン自身は批判しないというもの。ロシアにおいてはプーチンと名指ししてウクライナやナヴァル二―殺害に言及、サウジアラビアにおいては(制裁は別として)カショギ殺害はムハンマド皇太子と断定するのに、こと習近平に関しては甘いどころか擁護している。やはり、外交官が指摘するようにバイデン氏は中国に寛容であり、ブリンケン長官など閣僚の介入がないと融和姿勢を露呈してしまうのでは?下記の文を読んで、まだバイデン大統領が対中強硬だと言えるだろうか?
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
【筆者プロフィール】
ジョセフ・クラフト
SBI FXトレード株式会社 社外取締役

1986年6月 カリフォルニア大学バークレイ校卒業
1986年7月 モルガン・スタンレーNYK 入社
1987年7月 同社 東京支社
為替と債券トレーディングの共同ヘッドなどの管理職を歴任。
2000年以降はマネージングディレクターを務める。
コーポレート・デリバティブ・セールスのヘッド、債券営業
そしてアジア・太平洋地域における為替営業の責任者なども歴任
2007年4月 ドレスナー・クラインオート証券 入社
東京支店 キャピタル・マーケッツ本部長
2010年3月 バンク・オブ・アメリカ 入社
東京支店 副支店長兼為替本部長
2015年7月 ロールシャッハ・アドバイザリー㈱代表取締役 就任
現在に至る
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