ジョセフ・クラフト 特別レポート

バイデン政権発足 ~ 17の大統領令

掲載日:2021年01月22日

現地20日の11:00にバイデン就任式が開催され、就任演説では予想通りながらバイデン大統領は「分断からの脱却」を謳い、「国民の結束に全身全霊を尽くす」と誓った。取り分け印象的だった文言が「Uncivil Warを終わらせる」である。「Uncivil」とは不作法、無礼や無秩序などを意味する。これをCivil War(南北戦争)にかけて、「見苦しい喧嘩は止めよう」というメッセージ。この言葉は現地メディアでも注目された。

演説よりも注目だったのが、就任初日に署名した17の大統領令だ。下記にテーマ別で17つの大統領令とその概要を紹介。大統領令の中身も大事だが、バイデン政権は署名した順番にも気を使ったようだ。バイデン大統領は記者団を執務室に招き、最初の三つの大統領令に署名した。1番目はコロナ対策でのマスク義務化令(下記①)。2番目は人種の平等と疲弊した地域をサポートする連邦イニシアチブ(下記⑧)。そして3番目はパリ協定への復帰令(下記⑥)。この順番は国民へのメッセージだけでなく、民主党内取り分け左派勢力を意識したものと推測する。

コロナと経済
①(連邦政府)マスク義務化 ~ 政府職員と政府契約者が対象で、政府の敷地内ではマスクとソーシャル・ディスタンスを100日間守ることが定められる。国民へのマスク着用義務は無い。メッセージ効果はあるものの、マスク着用とソーシャル・ディスタンス行動がどこまで増えるかは定かで無い。

②WHOからの脱退を撤回 ~ 21日(木)に国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長をWHO本部に出向かせ、正式に通達する。

③政府のコロナ対策の再構築 ~ これまでのコロナ対策を見直す、そのために「コロナ対策調整官」のポストを新設、オバマ政権で国家経済委員会委員長を務めたジェフリー・ジエンツ氏を起用する。更にトランプ政権が廃止した安全保障会議に所属する「Directorate for Global Health and Security and Biodefense」部署を復帰させる。

④住居の立ち退き及び差し押さえモラトリアム延長 ~ 米疾病予防管理センター(CDC)が発令していた、「家賃滞納者の強制退去を禁止するモラトリアム措置」を今年の3月末まで延長する。更に家賃支援策を議会に構築することを要請。

⑤学生ローン凍結の延長 ~ 学生ローン凍結措置を少なくとも今年の9月末まで延長。

気候変動と環境
①パリ協定への復帰 ~ 大統領令署名と同時に要請書を国連に申請、1ヶ月内に復帰することが想定。

②環境保護規制の復元 ~ トランプ政権下で撤廃された様々な環境規制を戻す。取り分けカナダからアラスカ州を通るKeystone XL pipelineの建設許可を取り消し、北極の原油と天然ガスリースの凍結そして自動車の排ガス規制の見直しが含まれる。

移民と人権問題
①人種の平等と疲弊した地域をサポートする連邦イニシアチブ ~ 政府が統括する施設そしてプログラムにおいて人種差別を根絶する取り組みで、全ての象徴は200日以内にアクション・プランを提出することが義務付けられている。更にトランプ政権によってダイバーシティやインクルージョン促進の訓練・教育を抑制制度撤廃される。

②国勢調査に外国籍住民を含める ~ トランプ大統領は、国勢調査から外国籍の住民を集計から排除。国勢調査データは下院選挙の区分けに使用されるため、データによって共和党あるいは民主党に有利に働く。これにより、2022年の下院選挙区が幾分民主党に有利に調整可能となる。

③「DACA」保護の維持 ~ 若年移民に対する国外強制退去の延期措置(DACA)の対象となる者の強制退去を凍結、議会に市民権あるいは永住権を与える法案の作成を要請する。

④イスラム教入国禁止令の撤回 ~ トランプ政権がビザ発給を禁止した13ヶ国のイスラム教国の大統領令を撤回。ただ、同時に入国の審査プロセスの強化も盛り込んでいることから禁止令が解かれても入国が大きく増えるとは限らない。

⑤不法移民取締令の撤回 ~ トランプ政権が、1,100万人の不法移民の取り締まりを内務省の優先事項にする大統領令を撤回。

⑥国境の壁建設計画の撤回 ~ 2019年に議会が否決した予算をトランプ政権が様々な省庁予算から工面、推定150億ドルの費用をかけて1,120㎞の壁を建設する計画を廃止する。

⑦リベリアDEDの延長 ~ トランプ政権下でおよそ1万人居るリベリアからの移民が強制退去を命じられていたが、2022年6月まで滞在資格を延長し、市民権あるいは亡命手続きが取れる猶予を設ける。

⑧性別と性的指向への差別からの保護と抑制 ~ 性別と性的指向の差別を禁止する公民権法第 7 編をより徹底する大統領令。政府機関はより強固な差別防止策の導入が求められる。

倫理と規則
①行政機関の倫理制約 ~ 行政府の全て従業員は、倫理規定を順守する制約書にサインする。トランプ政権でこれまでの倫理規定が緩和されたのを戻す趣旨。例えば、政府退任5年間は同省のロビー活動が禁止されていたが、トランプ政権はこの制限を撤廃。

②規制審査の強化 ~ トランプ政権は、行政管理予算局(OMB)に課せられていた規制審査の権限・機能を緩めたことを復元。政府のガバナンス強化を図るもの。

トランプ弾劾① ~ 法廷ではトランプの「反乱の扇動罪」は成立するのか?

ご存じ、米下院は13日に「Incitement of Insurrection(反乱の扇動罪)」を理由に弾劾訴追決議案を可決した。弾劾裁判は政治的決議であるため、法に基づく必要は無い。ただ憲法二条四節に、「大統領、副大統領およびすべての文官は反逆罪、収賄罪又はその他の重罪および軽罪につき弾劾され有罪の判決を受けて罷免される」と明記されている。そこで法廷の場で、トランプの「反乱の扇動罪」は有罪となりえるのか?答えは、極めて難しいである。

そもそも憲法一条で言論の自由が保証されているため、罪を問われるハードルが高い。ワシントンDCの法律で扇動罪を成立させるには、「intentionally or recklessly act in such a manner to cause another person to be in reasonable fear ~ 故意または無謀に、他人を常識的な恐怖に陥らせるような行動」と明記されている。これは1969年のヘイト・スピーチ事件である「Brandenberg vs. Ohio州」の先例訴訟に基づいており、所謂「ブランデンバーグ基準」が重要となる。ブランデンバーグ基準とは、「唱導が差し迫った非合法な行為を扇動し、若しくは生ぜしめることに向けられ、かつ、かかる行為を扇動し、若しくは生ぜしめる蓋然性がある場合を除き、唱導を禁止できない」とする原則である。ブランデンバーグ基準をひも解くと、トランプは「非合法な行動(暴力)に言及したか?」そして「非合法な行動を扇動する意図があったか?」が焦点となる。

非合法な行動に言及 ~ 議会乱入を扇動したとされる1月6日のトランプ演説を検証してみたい(下記コメント参照)。民主党及び左派メディアが問題視する発言が、「弱腰でいては我々の国は取り戻せない。みんなで強さを見せなければいけない」。確かに支持者を煽り、高揚させるものだが、具体的に暴力や非合法な行動に言及していない。逆に多くのメディアが報道しない文として、「ここに居るみんなが平和的そして愛国的に議事堂に向かって行進し、意思を聞かせるだろう」とはっきりと「平和的」そして「意思を聞かせる」など非暴力的且つ合法的な行動に言及している。

扇動の意図 ~ トランプは間違いなくデモを扇動したが、それ自体は法律違反ではない。問題は「暴動」を扇動する「意図」があったかどうかだが、これを証明するハードルは極めて高い。暴動が起きた時にトランプは議会に集まった支持者に対してツイッター投稿で「remain peaceful」や「No Violence!」と呼びかけ、ホワイトハウスからテレビ映像で暴動を非難、鎮静化を促したことから暴動を扇動する意図があったとは言い難い。ブランデンバーグ訴訟で最高裁は、乱暴・無責任な言動だけで表現の自由を抑制してはならないと指摘。

上記の論点から、法廷でトランプを起訴するのは難しいと指摘する検察官や法律アナリストは少なく無い。マコネル共和党院内総務もスタッフに、「トランプに道徳的責任はあるが、法的責任があるか疑問視される」と指摘しているとのこと(詳しくは弾劾②参照)。

出所:ロールシャッハ・アドバイザリー

トランプ弾劾② ~ マコネル事務所が明かす共和党上院トップの真意とは?

ワシントン政界及びメディアは、トランプ弾劾裁判におけるミッチ・マコネル上院院内総務の姿勢について固唾を呑んで待っている。19日の議会スピーチでマコネル氏は、「暴徒らはうそを吹き込まれた」、「大統領やそのほかの有力者によって挑発された」とトランプ大統領を非難した。しかし、弾劾裁判で有罪票を投じるべきか自身の姿勢を明かしていない。そこでワシントン政界に精通する知人がマコネル事務所の幹部に接触、マコネル氏の真意について意見を伺うことが出来た。マコネル氏はトランプを批判する一方、弾劾裁判に関して態度を明らかにしていないことには三つの理由があげられるとのこと:①大口献金者、②政局(共和党の分裂)そして③議会暴動の捜査・証拠(法的責任)。

①大口献金者 ~ 現在、マコネルが最も懸念しているのが大口献金者からの反発である。選挙結果に異議を唱えるあるいは妨害しようとする議員に対して献金者から批判と共に資金が凍結されているとのこと。個人献金者ではメロン財閥、ブラックストーンのシュワルツマンあるいはコッチ兄弟、企業ではDisney、Coca-Cola、Walmart、Hallmark、Mastercardなど147社が、共和党への献金を一時凍結すると発表。マコネルはトランプを批判、そして上院議員らの暴言を抑えることで事態の鎮静化、ガス抜きを図る意向。政治は金が全て、トランプの求心力が低下している最大の理由は暴動を扇動したかよりも、資金源が絶たれかねないからである。更にトランプに追い打ちとなったのが、共和党最大献金者であるLas Vegas Sandsのオーナーであるシェルドン・アデルソン氏が1月11日に亡くなったことである。アデルソン氏の資金とユダヤ票はトランプが共和党を掌握する原動力の一つとなった。因みに、下記表は2020年大統領選での両党の大口献金者のリストである。

②政局(共和党の分裂) ~ 献金者からの反感を抑えるのに、トランプを弾劾すれば良いではないか?簡単にトランプを切り捨てることは出来ない。もしトランプが第三の党を設立し、共和党支持者の2割でも持って行かれたら、共和党が国政で勝利できる可能性はほぼ皆無となる。選挙展望だけでなく、トランプ党が立ち上がれば、上院から最低2~3名そして下院から10~15名ほど鞍替えする可能性が考えられる。トランプの将来について一つ興味深い動きとして、先日トランプは73人の個人に恩赦を与え、70人の減刑を認めた。恩赦の中には元側近のスティーブ・バノン元首席戦略官が入っていたことから、トランプは退任後にバノン氏をアドバイザーに迎え2024年に向けた体制作り(メディア会社か政党か?)を模索する可能性が推測される。

③捜査・証拠(法的責任) ~ マコネル氏は、「トランプには道徳的責任がある、しかし法的責任があるか分からない」とスタッフに語ったとのこと。現在、FBIが議会暴動の捜査を行っており、結論を待つのが得策。弾劾裁判でトランプを有罪と判定した後に、当局の見解が証拠不十分あるいはトランプに法的責任が無いと結論づけられたら、トランプ支持者の怒りを助長してしまう。

ワシントンの知人曰く、マコネルのベスト・ケース・シナリオは、トランプを批判しつつ裁判で審議を長引かせることでバイデン政権の政策を議論する時間を削り、最終的に否決(無罪)で終わり、トランプの離脱(共和党の分裂)を阻止すること。逆にバイデン大統領の就任式を終え、弾劾に対する世論のムードが緩和あるいは労力の無駄と反発が強まる可能性も考えられる。バイデンとしては、そうした世論に押され議会が弾劾裁判の審議を打ち切り、否決に持ち込み、一日も早く承認閣僚承認や立法執行に専念してくれることを願っているだろう。

出所:ロールシャッハ・アドバイザリー

トランプ弾劾③ ~ 共和党下院造反(10名)の裏事情

1月13日に下院のトランプ大統領の弾劾訴追可決の際、10名の共和党議員が賛成に回った。造反が出たことで(一回目の弾劾訴追では造反者がゼロ)、左派メディアは一機に沸き立った。残念ながら、これら議員は良心よりもそれぞれの政局事情・自己保身が賛成票を投じた動機である。茶番劇も良いところである。10名の投票理由は四つに分類出来る(下記表参照):①党の権力争い、②反トランプが売り、③再選目的(民主党岩盤州出身)そして④良心。

①党の権力争い ~ リズ・チェイニー議員(チェイニー副大統領の娘)は共和党下院で3番目の位にある。トップの座に居るのがトランプ支持者であるケビン・マッカ―シー院内総務。そもそもトランプとそりが合わない彼女だが、トランプ支持ではマッカーシー氏とかぶり、ポジションは奪えない。反トランプ色を鮮明にすることで差別化を図り、彼女は勝負に出たと思われる。可能性は低いかもしれないが、反トランプの流れが強まり、上院で弾劾が可決されるようなことになれば、彼女のステータス・影響力は向上する。

②反トランプが売り ~ 数は少ないが、実はトランプ批判で人気を博している共和党議員が居る。イリノイ州のキンジンガー氏はその急先鋒。イリノイ州はオバマ大統領の選挙区でもともと民主党色が強い。弾劾訴追の前にキンジンガー議員は連日連夜CNNや左派メディアに出演、名前を売りまくった。もう一人、ゴンザレス議員は元NFLのフットボール選手(Indianapolis Colts)。トランプはかねてから人種差別への抗議として国歌斉唱の際に選手が起立せず片膝を地に付けることを批判、選手会とは軋轢が生じていた。ゴンザレス氏は選手という経歴と反トランプ姿勢で若者の支持を獲得して2019年に初当選。

③再選目的 ~ 10人中、少なくとも6人の議員は再選を意識して賛成票を投じた。ニューヨーク、カリフォルニアそしてワシントン州と民主党の岩盤州出身で、賛成票を投じなければ、2022年の中間選挙の展望は極めて難しいことが予想される。更に2名は激戦州のミシガン出身だが、同州がバイデンに傾いたことと同じに、州議会暴動及び州知事拉致未遂事件があったことで地元世論の反発を意識して賛成票を投じたと思われる。

④良心 ~ 唯一本当に良心で賛成に回ったのがサウス・カロライナ州のトム・ライス議員であろう。他の議員が事前に反トランプ色を打ち出し、売名行為に躍起となるなか、保守州出身のライス議員は誰にも真意を明かさなかった。そのため当初は、ボタンを押し間違えたと共和党執行部は慌てる場面があったとのこと。その後、ツイッターでライス氏は今回の行動はどうしても許せないと理由を説明した。弁護士でもある同議員は、引退覚悟で投票したと可能性が指摘されている。

本レポートで指摘したいことは、反トランプの風が共和党内に流れているように見えるかもしれないが、それは自己保身が原動力になっているに過ぎない。下院の10票は全共和党議員(211名)の僅か5%に満たない。2年ごとに選挙を迎える下院と違って、上院では6年に一回、2022年の中間選挙では50人中20名の共和党議員が再選に挑む。つまり、上院弾劾裁判で共和党造反者が17名も出るのは用意では無いと思われる。

出所:ロールシャッハ・アドバイザリー

【筆者プロフィール】

ジョセフ・クラフト 
SBI FXトレード株式会社 社外取締役

【略歴】
1986年6月 カリフォルニア大学バークレイ校卒業
1986年7月 モルガン・スタンレーNYK 入社
1987年7月 同社 東京支社
為替と債券トレーディングの共同ヘッドなどの管理職を歴任。
2000年以降はマネージングディレクターを務める。
コーポレート・デリバティブ・セールスのヘッド、債券営業
そしてアジア・太平洋地域における為替営業の責任者なども歴任
2007年4月 ドレスナー・クラインオート証券 入社
東京支店 キャピタル・マーケッツ本部長
2010年3月 バンク・オブ・アメリカ 入社
東京支店 副支店長兼為替本部長
2015年7月 ロールシャッハ・アドバイザリー㈱代表取締役 就任
現在に至る

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