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ジョセフ・クラフト 特別レポート

米通商代表にキャサリン・タイ女史 ~ 新USTRの貿易姿勢検証

掲載日:2020年12月15日

初のアジア(台湾)系通商代表(USTR)にキャサリン・タイ女史が指名された。2007~2014年まで通商代表部で法務を担当し、2011年から中国の主任担当を務めた。この時に、知財侵害、農産品や家電の輸出補助金、鉱物の輸出規制を巡り、世界貿易機関(WTO)に中国を提訴した経験を持つ。2014年から下院の歳入委員会の貿易法務担当に就任、2017年から貿易主任顧問に就く。彼女が指名された最大の理由はUSMCA協定においてトランプ政権と労働条項強化などの交渉が評価されたことである。彼女は、ペロシ下院議長を筆頭に民主党執行部から絶大な信頼を得ている。取り分け副ポストを歴任した高官で占められるバイデン人事において、45歳で且つUSTR次席代表などの経験がないまま、閣僚級ポストへの抜てきは異例と言えよう。タイ女史の貿易思想についてあまり知られていないが、今年の8月に貿易フォーラムに参加した際の主だったコメントを紹介したい(下記参照)。下記のタイ女史の見解に加え、これまでのバイデン次期大統領及びブリンケン次期国務長官の発言も考慮すると、バイデン政権は積極外交よりも先ず国内情勢に注力し、同盟国との連携を深めながら慎重に中国と接することが推察される。

2020年8月5日 アメリカ進歩センター主催「貿易競争の進歩的ビジョン」フォーラムよりキャサリン・タイ女史のコメント
▼対中貿易政策について
「効果的な貿易政策あるいは交渉には政治、超党派のサポート体制が不可欠である。中国のチャレンジに対抗するには議会及び国民に姿勢・戦略を共有、理解そして支持されることが重要。逆に言うと、対中貿易に関する議会そして国民の思想・姿勢がどのようなものか把握し、波長を合わせる必要がある。」 解釈:反中思想が強い現在の政治情勢及び国民世論から逸れず、一定の対中強硬姿勢を堅持するものと受け止めた。バイデン次期大統領も早期に関税撤廃は行わないと言及しており、多少の歩み寄りがあっても、現状の米中緊張関係が目先、大きく変わることは無いと思われる。

「良心的且つ進歩的な貿易政策にはオフェンスとディフェンス(攻守)の二つの側面があるべき。ディフェンスとは相手の(不公平な)貿易姿勢を提訴や関税などの制裁措置(countermeasures)を通じて抑制、改めさせること。ここ3年間半のトランプ政権の貿易政策は正しくディフェンシブと言える。オフェンスとは国内の産業、企業、労働者そして同盟国の競争力を高め、中国に対抗できる基盤を強化することと考える。オフェンシブとは、単に経済促進を推奨するのではなく、民主主義の価値観を守るもので、(トランプ政権では)これまで怠っていたと思う。」 解釈:中国とすぐに対立するのではなく、より国内投資に目を向けて競争力を促進する考え。インフラ投資政策はこの考えに沿っている。2022年の中間選挙を控え、対中摩擦の激化そして貿易問題に踏み込むのに慎重な様子が伺える。話は多少ズレるが、「オフェンス」対「ディフェンス」の定義が面白いと感じた。共和党はむしろ制裁措置など中国との直接対立を「オフェンス」と呼び、国内産業の強化など内向きな政策を「ディフェンス」と位置付けると思われ、民主対共和の思想に違いが表れる見解と思われる。

「過去の貿易交渉は『サイロ型(縦割り行政)』的な執行が目立っていた。外交だけに特化せず、より包括的な視野(Holistic View)での貿易交渉が求められているのではないか。例えばトランプ政権の対中貿易政策はほぼ貿易収支の是正の一点に基づいている。私の願いは次期政権が貿易インバランスや経済だけでなく、民主主義の価値観あるいは幅広い視野での貿易政策に取り組みこと。」 解釈:ノー・サプライズだが、中国との交渉は人権や環境など民主党が重要視する議題により重きを置くということであろう。

▼バイデン政権の貿易政策について
「バイデン政権の貿易政策は明確に定義されていない。ただ、一つ重要なテーマとして『労働者』があげられる。バイデン政権は労働者の繁栄に拘っている。これがBuilding Back Betterの根幹ではないか。」 解釈:経済諮問会議(CEA)に指名された3名のエコノミスト全員が労働経済学専門であることからも、(ブルー・カラー)「労働者」が重要な政策テーマであること明白。単に雇用や輸出促進を意味するものではなく、労働環境(差別・格差是正)、賃金や生活水準の向上など量から質へとより注視すると推察。この観点で、一つ手っ取り早い政策が最低賃金の引上げであろう。

▼USMCA(米・メキシコ・カナダ新貿易協定)について
「この3年半の米貿易政策に関して言いたいことは、トランプ政権は100%間違っていなかったこと。民主党とトランプ政権は様々な貿易協定において協議・議論した上で締結に至っている。超党派の貿易協定の合意は歴史的に珍しいことだと思う。議会のサポートがあるからこそ、相手国と積極に交渉が出来、そして国民も推奨し易くなる。USMCAはその際たる例と言えよう。」 解釈:USMCAの改定・離脱は無い。タイ女史は、ライトハイザーを筆頭に現USTRの実績に関して一定の評価をしている。この観点から、日米協定を早期且つ大きく見直す可能性は低いかもしれない。

「USMCAは貿易交渉の『型板(Template)』よりも『模範(Model)』だと考えている。これまでの貿易交渉は全て同じ型にはめようとする傾向があった。現在、二つの貿易交渉が行われている ~ 対英国と対ケニヤ。全く事情が違う二つの国に同じ要求をするのは無理がある。USMCAは三ヶ国の事情及び近代の経済情勢を踏まえ、且つ超党派のサポートの下で成り立った貿易協定である。」 解釈:彼女自身が関わったUSMCAが、今後の貿易交渉のモデル(基準)になると解釈。この意味で、TPPへの早期復帰は難しいかもしれない。とりあえず2022年の中間選挙までは国内情勢を優先し、物議を醸すような貿易事項は避ける印象を受けた。

▼サプライチェーンについて
「私が接している下院議員の中で、『海外生産を大幅に帰還すべき』と主張する政治家は一人も居ない。従ってグローバル・サプライチェーン(海外生産)が無くなることは無い。今回のコロナ禍で個人的に抱いた危機感は、生産網にVersatility(多様性・適用性)が欠けていること。マスクや医療品など少なくとも安全保障に関わる生産はテクノロジーやロジスティクスの対応によって(パンデミックなどの時に)急遽国内へ生産をシフト出来る体制作りが大事ではないかと思う。」 解釈:グローバルから国内へのシフトは政治的に受けが良く、取り上げやすいテーマ。しかし、民主党議会は意外と冷静。一定のサプライチェーンの見直しは避けられないものと考える。

「Building Back Betterの提言にはアメリカでの製造、サプライチェーンの確保があげられている。」 解釈:安全保障と表し、一定の生産規模を帰還することは貿易問題にさほど踏み込まず、製造業の雇用を増加出来る言い訳。国内生産増強によって多少の商品価格増加(インフレ)はポストコロナ環境で批判を招くリスクは少ない。

改めてアメリカ進歩センター(CAP)の影響力が垣間見えたバイデン人事

前回のレポートで、「Center for American Progress(CAP)」というシンクタンクがオバマ政権の誕生に貢献、バイデン政権に大きな影響力を持つことを紹介させていただいた。その証拠の一つに、アメリカ進歩センターの所長であるニーラ・タンデン女史が行政管理予算局長官に指名された。ヒラリー・クリントンのメール問題でも取りただされるなど、彼女はコントラバーシャルな経歴と性格を持ち、上院の閣僚承認で批判と追及を浴びることは明白。手堅い人事に着手して来たバイデン次期大統領としては唯一異例な決断であり、それにはCAPの影響力・圧力が寄与した以外の説明は考えられない。

新しくUSTRの指名にもCAPの影響力・存在感が感じられる。タイ女史は同センターに席を置いていないものの、今年8月にCAPが開催した「Progressive Visions for Trade」フォーラムにメイン・スピーカーとして参加するなど、これまでCAPとは長きに関わって来た。そして今回のUSTR人事に関してCAPが背後に居る奇妙な行動があった。それは、バイデン政権移行チームがUSTR指名を発表した直後(30分以内)に、CAPから同人事に関して約200文字の声明文が出された(下記参照)。先ず、事前に指名候補を把握していない限り、下記のような練られた文書を早急に打てるはずがない。ツイッターで祝辞を打つのとはわけが違う。タイ女史は候補者の一人に上がっていたことは小生でも把握していた訳であるから、CAPが山を張って事前に文書を作成していた可能は考えられる。しかし、同財団に席を置いてもいない者の就任・処遇に関してこのような声明文を出すことは不自然というか烏滸がましいのではないか?CAPとしては、明らかにタイ女史との関係を強調、そしてバイデン政権への影響力も示唆・アピールする狙いがあったと考える。

このような行動の理由・本質は何か?それは献金である。CAPは収入の9割以上を大手企業や海外政府からの献金に頼っている。政権への影響力を持っていることをアピール出来れば、献金額が増加することが見込まれる。CAPの2019年度収入は5,100万ドルで、大手シンクタンクのヘリテージ財団の8,680万ドルあるいはブルッキングス財団の1億1,170万ドルを下回る。CAPにとっては差を詰める大きなチャンスである。アメリカ進歩センターは、人事面だけでなく政策面でもバイデン政権と連携、そして影響力を保つことが想定され、動向を注視していくべき機関の一つと考える。

出所:ロールシャッハ・アドバイザリー

セーフハーバー期限と共に連邦最高裁がトランプ法廷闘争に終止符

12月8日に「セーフハーバー期限」を迎えた。これは連邦法で定められ、選挙人の投票日(今回は12月14日)の6日前までに各州での選挙結果を確定し、選挙人を選定する取り決めである。選挙結果に異議を唱えることは候補者の権利であり、再集計や法廷で選挙結果を争うのは民主主義選挙の重要なプロセス。しかし選挙結果の確定を安易に長引かせ、政権移行が妨げられないよう、セーフハーバー期限までに審議プロセスを終結することが定められている。

そこで共和党のペンシルバニア州の選挙結果を差し止める訴えを、連邦最高裁判所は8日に退ける決定を下した。この件に関して大事なポイントは、最高裁判事(9名)全員一致での判決だったこと。最高裁からは公式なコメントは出されなかったが、法廷中にセーフハーバー期限を意識した指摘があったとのこと。更にトランプの悪あがきというのか、テキサス州の司法長官など同州の共和党幹部らが8日に、ジョージア、ミシガン、ペンシルヴェニア、ウィスコンシンの4州で選挙結果の無効化を求めた訴訟を起こした。そして11日に最高裁は、これまた全員一致で訴えを退けたのである。セーフハーバー期限を迎え、最高裁(リベラルと保守全員)はこれ以上の審議は受け付けないとのメッセージを発信している。既に50州すべてで選挙結果が承認されており、最高裁は訴訟によって民主主義のプロセスを疎外させないとの判断に至ったもの思われる。本日に選挙人選挙が行われ、正式にバイデン氏が次期大統領に選任され、政権移行プロセスが本格的に進むことになる。

【筆者プロフィール】

ジョセフ・クラフト 
SBI FXトレード株式会社 社外取締役

【略歴】
1986年6月 カリフォルニア大学バークレイ校卒業
1986年7月 モルガン・スタンレーNYK 入社
1987年7月 同社 東京支社
為替と債券トレーディングの共同ヘッドなどの管理職を歴任。
2000年以降はマネージングディレクターを務める。
コーポレート・デリバティブ・セールスのヘッド、債券営業
そしてアジア・太平洋地域における為替営業の責任者なども歴任
2007年4月 ドレスナー・クラインオート証券 入社
東京支店 キャピタル・マーケッツ本部長
2010年3月 バンク・オブ・アメリカ 入社
東京支店 副支店長兼為替本部長
2015年7月 ロールシャッハ・アドバイザリー㈱代表取締役 就任
現在に至る

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