ジョセフ・クラフト 特別レポート
バイデン政権人事の三つの特徴
掲載日:2020年11月30日
先週序盤に大半の外交・安全保障チームが発表され、今週には経済・金融チームが発表される予定である。そこでこれまでの人選からバイデン閣僚人事の特徴を解析してみたい。現時点でバイデン人事には三つの特徴が伺える:①前職が副ポスト、②党内融和と議会承認への配慮そして③多様性(ダイバーシティ)。
① 前職が副ポスト ~ 今回任命された外交・安全保障人事は全員が前職で副ポストあるいはそれに相当するポストを歴任している。良く言えば「経験重視」あるいは「適材適所」、悪く言うと「オバマ政権コピー」。下記表で示すようにブリンケン国務長官やマヨルカス国土安全保障省長官はオバマ政権で同省の副長官を務めている。ジェーク・サリバン安全保障担当やヘインズ国家情報長官は同省副ポストでは無いものの、副大統領の安全保障担当やCIA副長官とほぼ同類のポジションに就いていた。トーマス・グリーンフィールド国連大使も国務省キャリア官僚で国務次官補を歴任している。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
② 党内融和と議会承認への配慮 ~ バイデン氏は財務長官選定に際して、「民主党の進歩派から穏健派まであらゆる層に受け入れられる人物」と述べた。この党内融和を意識した見解がこれまでそしてこれからの人事選定の基礎になるものと思われる。事前予想とは異なり、民主党は上院と下院選で失望的な結果に終わり、党内では進歩派対穏健派の責任の擦り合いが行われている。そこでバイデン次期大統領が人事面でどちらかの陣営を優遇すると党内の亀裂が深まりかねない。党内亀裂を避けるため、手堅いあるいは安全な人事に着手したと思われる。その象徴が財務長官人事と言えよう。エリザベス・ウォーレンは左派思想以上に上院議席を失うためリストから外れた(下記財務長官選定経緯文参照)。そこで進歩派を宥める意味で中道派に支持の厚いブレイナードも断念したものと推測される。そこで双方に受け入れやすいジャネット・イエレンが急浮上したと認識している。
一石二鳥では無いが、党内から抵抗が低い人選は共和党主導の上院での承認が取り易いことを意味する。因みに閣僚指名が上院で否決されることは思われているよりも少ない。1834年以降で閣僚が否決あるいは辞退したのは26回で、ブッシュ政権の2名、オバマ政権が3名そしてトランプ政権で2名である。各省庁で副ポストを担って来た閣僚は身元調査が出来ているので否決されるリスクが少ない。ポイント①で指摘した副ポスト歴の人事も上院承認を念頭に置いたものと思われる。
③ 多様性(ダイバーシティ) ~ バイデン氏はダイバーシティに赴きを置いた人事を当初より指摘しており、その通りの人選と言えよう。下記表で示すように5閣僚のうち、3人が白人でマイノリティが2人、性別においても男性3人に対して女性が2人と比較的バランスが取れている。因みにオバマ政権第1期発足での同五つの外交・安全保障ポストは、男性2人に対して女性は3人ながらマイノリティは一人だったので今回のバイデン人事とは大きく変わらないと思う。今回の外交人事で印象的なのが若返り。ジェーク・サリバン安全保障担当は43歳、1961年のMcGeorge Bundy(当時42歳)以来最も若い安全保障担当となる。ヘインズ国家情報長官においては初の女性長官且つ最年少となる。58歳のブリンケン氏も国務長官としては4番目に若い。因みに戦後で最も若い国務長官(暫定除く)はHenry Kissinger(50歳)、Condoleezza Rice(51歳)そしてMike Pompeo(54歳)である。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
外交・安全保障チーム発表から漏れた国防長官の裏事情
先週、バイデン政権の外交・安全保障チームが発表されたが、奇しくも国防長官の任命が漏れていた。米メディアだけでなく(日本)外務省までもミシェル・フルノイ女史を有力視していた(下記プロフィール参照)。小生も(フルノイ女史とビジネス・パートナーである)ブリンケン氏が国務長官に就いたことで、確実ではないかと思った。そこでワシントン政局に詳しい現地コンタクトに国防長官が漏れた見解を尋ねたところ、バイデンとフルノイ女史との波長がイマイチ合わないようだとのこと。ブリンケン国務長官は彼女を推奨するも、バイデンとしてはもう少し考えたいようだ。CIA長官も決めかねているのでもう少し熟慮して一緒に発表する意向のようだ。ケミストリー以外でバイデンが戸惑っている背景には進歩派からの抵抗もあると思われる。フルノイ女史は、軍事力強硬派として知られ、イラク侵攻やシリア内戦介入も指示した経緯があり、進歩派からは警戒されている。
バイデン次期大統領は国防長官職には女性ないし黒人を就けたいとされている。フルノイ女史の他に候補として上がっているのが、タミー・ダックワース上院議員(イリノイ州)とジェ・ジョンソン氏と言われている。ダックワース議員は女性だけでなく元軍人であり、ペンタゴンからも一目置かれている。ただ、民主党が上院選で苦戦したことからバイデン次期大統領としては議会からの選出は極力控えたい考えのようだ。以前に上院席が空いた場合、州知事に任命権があることを紹介した。ダックワース議員の出身はイリノイ州出身で、同州の(プリッツカー)知事が民主党員のため、民主党が議席を失うことは無いので可能性はある。日本にはあまり馴染みが無いが、ジェ・ジョンション氏は黒人でキャリアの大半を国防省で過ごしている(下記プロフィール参照)。しかし、同氏の専門知見は法、軍事弁護士として活躍するも、防衛戦略、他国の軍事事情や予算編成に関しての経験に疑問が持たれる。
次期国防長官にだれが就くかによって日米関係に影響を及ぼす可能性があることから注視すべき事項と考える。個人的に、日本にとって最適な人事はフルノイ女史ではないかと考える。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
ART(政府機関審査チーム)とは? ~ ARTから示唆されるバイデン政権の金融規制志向
11月10日にバイデン次期大統領がAgency Review Team(政府機関審査チーム)のメンバーを発表した。ARTの役割は、次期政権が政策目標を達成できるよう、政府機関の運営と人員状況の把握と評価を行い、次期政権に報告そして提言を行う。それを踏まえて次期政権は省庁人事や体制編成、予算そして政策執行の優先事項などを決めることから重要な政権移行プロセスと言えよう。ARTのメンバーはそれぞれの経験や知見で選ばれ、大半はボランティア(無償)のため、本音での推奨・提言がされることが多い。重要なポイントとして選定されたメンバーの専門知識や政策志向から次期政権が重要視する政策事案や課題が垣間見ることがある。そこで下記に経済・財務機関のARTメンバーを解析、バイデン政権が重要視すると思われる事案・政策事項を探ってみたい。
「Federal Reserve、Banking and Securities Regulators ART(FRB、銀行及び証券監視機関調査チーム)」
同チームは15人で構成され、個別名と経歴・専門知見を下記にリストアップ。名の通りFRBを筆頭にCFTC(商品先物取引委員会)、FDIC(連邦預金保険公社)、NCUA(全国信用組合管理機構)そしてSEC(証券取引委員会)などの金融規制・監視当局を審査するのがマンデートである。メンバーはアカデミア(大学)が中心ながら非営利団体やロビー団体からの選定も目立つ。このARTメンバーから四つの政策テーマ・ポイントがあげられる: ①規制強化重視、②ウォール街不在、③人種平等・格差是正そして④FinTech(デジタル課税)。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
ポイント① 規制強化重視 ~ 15人中12人が金融規制や企業統治を専門としており、オバマ政権でDodd-Frank法、Volker Ruleなどの規制改革に携わったメンバーが大半を占める。象徴的なのがリーダーのゲイリー・ゲンスラー氏で、オバマ政権発足の2009~2014年はCFTC委員長を務め、LIBOR操作疑惑の捜査からFrank-Dodd法の作成にも携わった。その他、リーマン危機後に設立されオバマ政権に影響力があった規制改革推奨の非営利団体「Better Markets」のDennis Kelleher社長も起用されている。Andy Greenはリーマン危機時には上院銀行委員会のスタッフとしてDodd-Frank法作成チームに所属、中でも大手銀行のプロップ・トレーディング(自己売買)を抑制するMerkley-Levin修正法案を策定したことでも知られる。Amanda Fischerは、ウォーレン議員の愛弟子で金融規制強硬派の急先鋒であるKatie Porter加州下院議員のスタッフとして長年勤め、今もWCEG団体で金融改革活動を継続している。その他、Simon JohnsonやMehrsa Baradaranなど規制強化のタカ派的な人員が勢ぞろい。リーマン危機直後でオバマ政権のARTは当然ながら規制強化に偏ったとされたが、今回バイデンのARTはそれを上回る規制志向であり、どこまで規制の引き締めが図られるのか注視したい。
ポイント② ウォール街の不在 ~ 現役ウォール街エグゼクティブどころかウォール街経験者が皆無。歴代政権は政権移行に際してウォール街から数名のアドバイザーを招集して来た。トランプ政権はARTを創設しなかったものの、閣僚にムニューシン財務長官やコーン経済委員会委員長を起用した。オバマのART(経済・国際貿易)でさえ、Blackstoneに在籍したAnjan Mukherjee氏、再生可能エネルギー・ファンドのCube Hydroや国際インフラ投資ファンドSquared CapitalのGinger Lew女史そしてCitigroup取締役のPeter Blair Henry氏などが選出された。今後、金融規制改革が議論されるに際して、ウォール街の主張・反論が無いとポイント①で指摘した規制強化が進み易くなることが想定される。
ポイント③ 人種平等・格差是正 ~ バイデン・ハリス政権ホームページに四つのプライオリティ政策が明記されている(コロナ対策、景気回復、気候変動そして人種平等)。その一つである人種平等の中に、「Strengthen FRB's focus on racial economic gaps」の政策提言が明記されている。FRBを筆頭に金融監視当局には人種差別や格差是正により取り組むマンデートを課せる趣旨と思われる。経済・金融での人種差別あるいは格差是正のエキスパートとして、Mehrsa Baradaran、Lisa Cook、Renaye ManleyそしてAmanda Fischerなどが名をつらねている。
ポイント④ FinTech(デジタル課税) ~ FinTech、仮想通貨あるいはデジタル課税を専門分野とする者が3分の1ほどを占めている。リーダーのGary Gensler、Reena AggrawalとAdrienne HarrisはFintechやBlockchainを専門に現在活動しており、金融税制の弁護士であるVictoria Suarez-PalomoそしてAmanda Fischerもデジタル課税について改革を推奨している。ただし、これらの専門家はGAFA解体など業界再編では無く、より明確な規制・ルール作りによって業界の発展を推奨している。その一方で、格差是正あるいは公平性な税制体系からGAFAなどの企業により多くの税負担が必要とも指摘している。
イエレン財務長官選択の背景と仮定(民主党幹部の見解)
先週、ジャネット・イエレンが財務長官に指名されると一斉に報道されたが、その経緯について民主党選選対幹部の見解を紹介したい。本人はバイデン政権移行チームに入っておらず、関係者からの又聞きで100%ではないものの、大方の経緯は間違いないとのこと。そこで財務長官候補リストや選定過程そしてイエレン女史指名の理由についての見解を下記に紹介したい。
① 候補者リスト ~ 大統領選直後に自分が把握している限り8人のショートリストが出来上がっていたとのこと(下記参照)。ブレイナード女史やウォーレン議員の名が取りだたされていたが、あまり知られてないところでは映画のドリームワークス・アニメーションのメロディー・ホブソン元会長や元CFTC委員長のゲイリーゲンスラー氏も載っていた。大統領選から1週間もたたないうちに候補者はブレイナード、ファーガソンそしてウォーレンに絞られたが、既にウォーレンの目は無くなっていたとのこと。上院選で過半数を取れる見込みがなく、これ以上上院議席は失えないことからウォーレン議員の可能性は無いが、進歩派への配慮からリストには残っていた。ウォーレン女史が外れたことを進歩派が察したのかブレイナードへの反発が党内で高まり、他の候補が模索され始めた。そこでイエレン元FRB議長が急浮上、リストに追加されそして指名に至ったようだとのこと。
② イエレン女史選出の理由 ~ 彼女の金融知識や経験を疑う者は居ない。適材適所においてどの候補とも引けを取らない。ほとんど報道されていないが、彼女がバイデン陣営に刺さった大きな理由は環境問題、取り分け環境税とのこと。イエレン女史はFRB後にBrookings Instituteに在籍、その間環境税の必要性について言及するようになり、これは左派及び穏健派双方から支持されるだけでなく、差別化に寄与したようである。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
【筆者プロフィール】
ジョセフ・クラフト
SBI FXトレード株式会社 社外取締役

1986年6月 カリフォルニア大学バークレイ校卒業
1986年7月 モルガン・スタンレーNYK 入社
1987年7月 同社 東京支社
為替と債券トレーディングの共同ヘッドなどの管理職を歴任。
2000年以降はマネージングディレクターを務める。
コーポレート・デリバティブ・セールスのヘッド、債券営業
そしてアジア・太平洋地域における為替営業の責任者なども歴任
2007年4月 ドレスナー・クラインオート証券 入社
東京支店 キャピタル・マーケッツ本部長
2010年3月 バンク・オブ・アメリカ 入社
東京支店 副支店長兼為替本部長
2015年7月 ロールシャッハ・アドバイザリー㈱代表取締役 就任
現在に至る
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