ジョセフ・クラフト 特別レポート
アメリカからの対中制裁及び経済安全保障法案目白押し
掲載日:2020年08月17日
下記に米政府・議会が中国に対して適用したあるいはこれから適用すると思われる様々な制裁・規制措置及び経済安全保障法案をリストアップしてみた。小生が把握しているだけで10の重要法案・制裁措置があり、中国に更なる圧力を掛ける狙いが明らかである。目には目をと、アメリカのアクションに対して中国は同等の反撃措置に出る。つまり米中関係は今後更に悪化する可能性が高く、金融市場及び民間企業はこうした地政学リスクを十分に織り込んでいないのではと危惧する。
制裁策・法案
▶ 香港自治法 ~ 民主党シャーマン下院議員(加州30区)が提出、2020年7月14日に成立した法案。法案は、香港自治の維持に対する中華人民共和国による侵害に関与する外国の個人、団体そしてそれらと著しい取引のある外国の金融機関に対し制裁を科すことを可能とする。特定された個人には資産凍結、ビザの取り消しもしくは国外退去の制裁が課されられる。特定された団体には、資産凍結あるいは事業停止・売却が課せられる。そして金融機関には10の制裁項目のうち少なくとも5つが適用される。その制裁項目には、融資の制限、プライマリー・ディーラー権はく奪、為替取引禁止、公的ファンドとの取引禁止、商品や不動産取引禁止、株式・債券発行資格はく奪などが挙げられる。これらは、制裁報告書提出の1年以内に科さなければならない。この法案に基づき、8月7日にトランプ政権は林鄭月娥行政長官を含む中国当局者11人を制裁対象のリストに加えた(中国も同様の対抗措置を発表)。
▶ 防衛費用とマイクロエレトロにクス及びサービスに対する信頼できるサプライチェーン及び基準の適用措置(国防法2020、224条) ~ 2019年12月20日に成立した方的措置は、主に二つの基準が適用される。一つはマイクロエレクトロニクスの調達に関して、2023年以降に国防省が購入する製品は、信頼出来るサプライチェーン(Trusted Supply Chain)と関連するセキュリティ基準の要件を満たさなければならないこと。二つ目は商業販売可能性の確保に関して、国防省の調達基準に合わせて製造した製品を、商業的に(民生市場に)又は同盟国政府に販売することを奨励しなければならないこと。
▶ 千人計画(Thousand Talents Plan)の取り締まり規制 ~ 中国による、海外企業、大学の研究者、技術者、知財・技術保護担当幹部などハイレベル人材招致制度を技術窃取工作と位置づけ、アメリカが阻止する様々な策を講じる規制。この規制の発端となった主な起訴事案として、2019年4月にGEのエンジニアからタービン設計技術の窃取容疑、2019年11月に米農業大手モンサントシャの中国人元社員を機密情報と技術窃取の容疑、そして2020年1月にハーバード大学教授を含む研究者2名が中国から多額の資金授与に関する虚偽報告の容疑などが挙げられる。今後FBIを筆頭に情報機関等は、企業、アカデミアそして公的研究所での中国との契約・提携業務を監視、ガバナンスに加えて国家利益相反が無いか確認する。
▶ 研究開発における外国からの研究コミュニティに対する影響懸念対策 ~ NSF(米国国立科学財団)が研究者グループJASONに依頼して中国・外国が米国技術界に及ぼす影響について調査を依頼。因みにJASONとは、1960年に設立され30~60人のエリート科学者で構成される独立グループで、機密性のある科学技術に関する問題に米政府に助言を行っている。「Fundamental Research Security」と題した調査レポートは、外国の影響は懸念すべき事態にあり、利益相反の開示、資金提供側(NSF)と資金を受ける側(大学・研究機関等)の責任について言及。レポートは主に5つの提言事項を指摘:
①研究公正(Research Integrity)の範囲を拡張し、実態又は潜在的な利益相反の完全な開示を求めるべき。
②利益相反等の開示の失敗は、研究公正が侵害されたとみなし、NSFと大学によって調査及び裁定されるべき。
③NSFは、大学等すべての関係者の協力を主導し、資金配分機関との連携を図るべき。
④NSFは、研究公正に対するリスク評価を促進するプロジェクト評価ツールを採用し、公表する必要がある。
⑤基礎研究を行う大学やその他の機関で化学論理教育・訓練は、従来の研究公正を超え、利益相反等の情報や事例を含めるべき。
▶ 中国軍民融合を背景とした対中輸出管理強化策 ~ 新興技術等に関し、国際輸出管理レジームを通じたリスト規制の強化を進める一方、中国共産党における軍民融合の進展を背景にエンドユーザー等に着目した規制強化策で4月28日に見直しが発表された。対中貿易管理として主に4つの強化策が示された: ①許可例外CIV(Civil End-User)の廃止、②許可例外APR(Additional Permissive Re-export)から、中国含む旧共産圏への再輸出の除外、③通常兵器キャッチオールの強化、そして④直接製品規則(Direct Product Rule)の対象拡大。「許可例外CIV」とは、エンドユーザ―が民間であり、民生用途で輸出等する場合は、米政府の許可取得を不要とする制度で、6月29日から廃止となった。「許可例外APR」とは、機微度の低い品目について、日本を含むパートナー国からほぼ全ての国への輸出について、米政府の許可不要とする制度で、今回中国、ロシア、ヴェネズエラを筆頭に共産主義国への再輸出は許可が必要となる。「通常兵器キャッチオールの強化」とは、中国の軍事関連の最終需要者向けの輸出を追加、指定品目追加(半導体製造機器等)、軍事用途定義の拡大(軍事関係者への支援、貢献など)、そして審査方針強化(原則不許可)などが6月29日から盛り込まれた。最後に「Direct Product Ruleの対象拡大」とは、安全保障規制品目は許可無しに旧共産国やテロ支援国への再輸出を禁止しているが、これにファーウェイ及び関連114法人向けの再輸出も対象に追加。今後はその他の中国企業も対象リストに盛り込まれることが予想される。
▶ EAR(輸出管理規則)エンティティ・リストの対象拡大 ~ エンティティ・リストとは米国制裁違反の活動や国家安全保障・外交政策上の利益を害する活動に従事する団体をリストに掲載し再輸出等を規制。エンティティ・リストの対象拡大には二つのポイントが挙げられる。一つ目は、中国・香港・マカオに拠点を置く24の政府機関・民間企業をリストに追加、その理由は米国物品・技術を中国において軍事転用した疑い。二つ目は、中国公安部・医療学研究所及び中国企業19社を追加、その理由はウイグル自治区において、中国政府が主導する人権抑圧。
経済安全保障法案または大統領令
▶ CHIPS for America法案 ~ 民主党Mark Warren(バージニア州)と共和党John Cornyn(テキサス州)上院議員が6月10日に提出した超党派法案。「Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors(CHIPS)」の略で、多岐にわたる投資・インセンチブによって最先端の半導体生産と研究開発を促進そして安全なサプライチェーンの確保及びマイクロエレクトロニクス環境の透明性強化を目的とした法案である。この法案には5つの策が盛り込まれている: ①国産生産に40%のITC(投資税額控除)、②100憶ドルを上限に州・地方自治体の投資額に連邦政府が同額援助、③NIST(国立標準技術研究所)によるSTEM(Science、Technology、Engineering & Math)労働環境のサポート強化、④Defense Production Act(国防生産法)の活用による技術開発(R&D)と投資の拡充、そして⑤イノベーションと最先端技術を促進するために120億ドルの投資ファンドを新設。
▶ Endless Frontiers法案 ~ 共和党Todd Young(インディアナ州)と民主党Chuck Schumer(ニューヨーク州)が5月27日に提出した超党派法案。法案はNSF(国立科学財団)をNSTF(国立科学と技術財団)に改革、80憶ドルの現予算に更に5年間で1,000憶ドルを追加し最先端科学と新興技術の促進を図る。更に、全国に10~15地域技術拠点(ハブ)を設置し100億ドルの追加予算を充てる。
▶ Safeguarding American Innovation法案 ~ 共和党Rob Portman(オハイオ州)と民主党Tom Carper(デラウエア州)上院議員が提出した超党派法案。法案の趣旨は、中国によるアメリカの大学と公的研究所の技術・知識窃取工作を阻止するもの。法案には主に3つの対策が明記: ①海外客員教授・学者の規制、②研究助成金受注及び報告義務の取り締まり権限の拡充、そして③外国からの支援金、寄贈品等の報告義務強化。
▶ Protecting Investors from Significant Risks from Chinese Companiesレポート ~ 中国企業の不正行為から投資家を守る趣旨のトランプ大統領令(6月4日発令)に基づき、財務省が8月4日にまとめたレポートである。レポートは5つの対応策を推奨・勧告: ①PCAOB(公開会社会計監査委員会)の監査権限の拡充、②上場会社・発行体のリスク開示の向上、③NCI(非協力的管轄地域)に投資しているファンドのディスクロージャーを義務化、④登録ファンド・証券会社により強固なDue Diligenceを求める、そして⑤NCI投資において投資アドバイザーらに「Fiduciary Duty(受託者責任)」に関する新たなガイダンス発行。
米中貿易協議延期は単なるスケジュール問題?それとも貿易合意破棄の前兆?
15日(土)に予定されていた米中閣僚級の貿易協議が直前で延期された。ロイターによると延期の理由は、スケジュール問題及び中国の物品購入状況をより把握するため、更なる時間が必要とのことだが、これは理解しがたい。高官のスケジュールは事前且つ念入りに調整されるため、急用が入らない限り前日での延期は考え難く、土曜日ともなれば尚更である。そもそも会談の目的が、半年間の輸入状況を協議することなので、今更輸入状況を把握するのに時間が必要というのも信じがたい。協議延期の本質はTik Tok問題など貿易以外にも協議の議題を広げたいと中国の要請、あるいは金曜日に正式決定された台湾へのF16戦闘機売却への反発が理にかなっているのではないか。いづれにせよ、米中関係にとってプラスな展開と解釈できないと危惧する。
可能性は低いと思われる考えるものの、これはトランプが貿易第一段合意を破棄しかねない展開に繋がる懸念を助長させられる。トランプがべ嘔気合意を破棄する可能性として二つの変化が示唆される: ①トランプ自身の米中貿易合意への意欲が停滞そして②米世論の反中思想が強まっていること。そこでご参考までに、先週10日に紹介させていただいた米中貿易合意破棄に関するレポートを再度下記に紹介。
8月10日の「米中貿易合意破棄の可能性に注意」レポートより
「まさか・・・」と思うが、その「まさか」が現実になる昨今の国際政治情勢。可能性は低いと考えるものの、まさかの第一段階米中貿易合意が破棄される可能性を念頭に置くべきと考える。それも早ければ8月15日直後にもあり得るかもしれない。15日に「第1段階の合意」を巡り、閣僚級協議がリモートで行われる。中国が約束した2年間で2千億ドル(約21兆円)の米からの輸入を増やす計画は大幅に遅れており、香港やハイテクを巡って対立が激しくなっている。今回の交渉から大きな進展は期待できない。トランプ大統領は今のところ貿易合意を維持する意向を示しているものの、最近は心境の変化も見られており予断を許さない。
5月以降、トランプの米中貿易合意に対する姿勢・態度の軟化を示すコメントが相次いでいる。先ず5月8日にトランプは貿易合意について、「今の心境は変わった。(貿易合意を破棄すべきか)私はとても迷っている。決断はしていないが、正直に言うと迷っている。」と発言。翌15日にクドロー経済会議(NEC)委員長は、中国には合意内容を遂行する意向があり貿易合意は継続されるとフォロー。ところが同月26日にクドロー氏は、「トランプ大統領は(コロナ禍を引き起こした)中国に対して剥れている。彼にとって貿易合意は以前ほど重要と考えていない」とコメント。極めつけは6月22日にナバロ大統領補佐官(通商担当)がFox Newsで中国が引き起こしたコロナ禍によって貿易合意は破棄されるのかと問われると、「そうだ、(貿易合意は)もう終わりだ」と断言した。先物株式が400ドル下落し、翌日にトランプはツイッターで「(貿易合意は)全く損なわれていない」と弁明。今度は7月10日に、トランプはコロナ禍によって「米中関係は深刻なダメージを受けた」と指摘、その中で米中第2弾貿易合意の可能性を問われ「考えていない。他のことで頭はいっぱいだ。」と更なる貿易交渉への意欲が著しく薄らいでいる心境を明かした。この間、第一段貿易交渉は継続されているもののこうした発言を見る限り、トランプが貿易合意の維持に揺らいでいることが窺える。
そこで7月30日に著名調査会社のPew Researchが発表した米中関係に関する世論調査に着目したい。先ず、「中国への印象」に関して73%の回答者は「悪印象」を抱くと返答、過去最悪の水準となっている(下記左チャート参照)。「好印象」と答えたのは僅か22%である。より興味深いのが中国との貿易交渉姿勢に関して「友好的な関係を模索すべき」との回答が62%から51%に下落、逆に「より強硬的な姿勢を模索すべき」が35%から46%に増加(下記右チャート参照)。更に強硬姿勢を取るべきとの答えを政党別に分けるとトランプの支持基盤である共和党員は66%も占める(下記右下チャート参照)。明らかに米国民(特に支持基盤の共和党員)は中国への態度は強硬的にシフトしており、トランプがこのことを見逃すはずは無い。これまで中国との貿易合意は大統領選にプラスに寄与すると思われたが、ここに来て破棄した方が支持が高まる可能性が考えられる。
米中貿易合意の破棄は有権者の支持を得るかもしれないが、株価への影響を考えると簡単に決断出来るものでは無い。しかし、トランプが選挙選で更に追い込まれると起死回生の選択肢に出るかもしれない。認識すべきポイントは「まさか」の貿易合意破棄の可能性が「もしかして」まで高まっているということではないか。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
【筆者プロフィール】
ジョセフ・クラフト
SBI FXトレード株式会社 社外取締役

1986年6月 カリフォルニア大学バークレイ校卒業
1986年7月 モルガン・スタンレーNYK 入社
1987年7月 同社 東京支社
為替と債券トレーディングの共同ヘッドなどの管理職を歴任。
2000年以降はマネージングディレクターを務める。
コーポレート・デリバティブ・セールスのヘッド、債券営業
そしてアジア・太平洋地域における為替営業の責任者なども歴任
2007年4月 ドレスナー・クラインオート証券 入社
東京支店 キャピタル・マーケッツ本部長
2010年3月 バンク・オブ・アメリカ 入社
東京支店 副支店長兼為替本部長
2015年7月 ロールシャッハ・アドバイザリー㈱代表取締役 就任
現在に至る
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