ジョセフ・クラフト 特別レポート
米中貿易合意破棄の可能性に注意
掲載日:2020年08月11日
「まさか・・・」と思うが、その「まさか」が現実になる昨今の国際政治情勢。可能性は低いと考えるものの、まさかの第一段階米中貿易合意が破棄される可能性を念頭に置くべきと考える。それも早ければ8月15日直後にもあり得るかもしれない。15日に「第1段階の合意」を巡り、閣僚級協議がリモートで行われる。中国が約束した2年間で2千億ドル(約21兆円)の米からの輸入を増やす計画は大幅に遅れており、香港やハイテクを巡って対立が激しくなっている。今回の交渉から大きな進展は期待できない。トランプ大統領は今のところ貿易合意を維持する意向を示しているものの、最近は心境の変化も見られており予断を許さない。
5月以降、トランプの米中貿易合意に対する姿勢・態度の軟化を示すコメントが相次いでいる。先ず5月8日にトランプは貿易合意について、「今の心境は変わった。(貿易合意を破棄すべきか)私はとても迷っている。決断はしていないが、正直に言うと迷っている。」と発言。翌15日にクドロー経済会議(NEC)委員長は、中国には合意内容を遂行する意向があり貿易合意は継続されるとフォロー。ところが同月26日にクドロー氏は、「トランプ大統領は(コロナ禍を引き起こした)中国に対して剥れている。彼にとって貿易合意は以前ほど重要と考えていない」とコメント。極めつけは6月22日にナバロ大統領補佐官(通商担当)がFox Newsで中国が引き起こしたコロナ禍によって貿易合意は破棄されるのかと問われると、「そうだ、(貿易合意は)もう終わりだ」と断言した。先物株式が400ドル下落し、翌日にトランプはツイッターで「(貿易合意は)全く損なわれていない」と弁明。今度は7月10日に、トランプはコロナ禍によって「米中関係は深刻なダメージを受けた」と指摘、その中で米中第2弾貿易合意の可能性を問われ「考えていない。他のことで頭はいっぱいだ。」と更なる貿易交渉への意欲が著しく薄らいでいる心境を明かした。この間、第一段貿易交渉は継続されているもののこうした発言を見る限り、トランプが貿易合意の維持に揺らいでいることが窺える。
そこで7月30日に著名調査会社のPew Researchが発表した米中関係に関する世論調査に着目したい。先ず、「中国への印象」に関して73%の回答者は「悪印象」を抱くと返答、過去最悪の水準となっている(下記左チャート参照)。「好印象」と答えたのは僅か22%である。より興味深いのが中国との貿易交渉姿勢に関して「友好的な関係を模索すべき」との回答が62%から51%に下落、逆に「より強硬的な姿勢を模索すべき」が35%から46%に増加(下記右チャート参照)。更に強硬姿勢を取るべきとの答えを政党別に分けるとトランプの支持基盤である共和党員は66%も占める(下記右下チャート参照)。明らかに米国民(特に支持基盤の共和党員)は中国への態度は強硬的にシフトしており、トランプがこのことを見逃すはずは無い。これまで中国との貿易合意は大統領選にプラスに寄与すると思われたが、ここに来て破棄した方が支持が高まる可能性が考えられる。
米中貿易合意の破棄は有権者の支持を得るかもしれないが、株価への影響を考えると簡単に決断出来るものでは無い。しかし、トランプが選挙選で更に追い込まれると起死回生の選択肢に出るかもしれない。認識すべきポイントは「まさか」の貿易合意破棄の可能性が「もしかして」まで高まっているということではないか。
献金動向が示唆する米大統領選情勢 ~ トランプ巻き返す
8月3日のレポートで、トランプの支持率が改善、多少ながらもバイデンとの距離を縮めて来たと報告した。同時に、世論調査は集計方や世間体(隠れ票)などによって必ずしも実態を捉えていないことも指摘して来た。トランプが劣勢にあることは間違いないが、世論調査が示すほどバイデンとの差は大きくない無い。そこで選挙選の流れ・勢いをより客観的に分析する一つの指標として政治献金が挙げられる。口頭での支持表明と実際に献金するのでは有権者の重みや真剣度が違う。
両選対本部が報告した7月の(献金)収入額は、トランプが1憶6,500万ドル(約175億円)に対してバイデンが1憶4,000万ドル(約148億円)と、5月と6月でバイデンが上回っていたが、ここに来てトランプが逆転、巻き返しを見せた(下記左チャート参照)。因みに下記選挙資金データは各候補の選対本部のもので党事態の資金やPAC(政治行動委員会)などは含まない。 5~6月にバイデンに献金が多く集まった要因として主に三つ挙げられる: ①大統領候補が正式に決まり、他候補へ分散していた献金が集約されたこと、②コロナ対応に関するトランプへの不満そして③BLM(警察解体)運動の盛り上がり。逆に7月のトランプ逆転の背景には3日のレポートでも指摘したように、トランプの「法と秩序」姿勢に一部世論が傾いたことが挙げられる。警察解体あるいは改革要請によって各地での警察予算が削減あるいは批判を恐れ警察官が取り締まりに消極的になったことで凶悪犯罪が横行する事態を招いた。7月だけでシカゴ市での殺人事件が前年同期比で140%増、ニューヨークでは殺人件数が6割増そして発砲事件においては180%までに激増。
月間ごとの献金動向は選挙選の流れ・勢いを図るのに参考的だが、今後の選挙選を戦う体力・余力を見極めるのに大事なのは手元資金額である(下記右チャート参照)。7月末時点でのトランプ選対本部の手元資金は1億1,300万ドルに対してバイデン陣営は1億892万ドルと急速に伸ばしている。この背景にはコロナ禍とBLM運動によってトランプが防衛のための広告活動を余儀なくされたのに対して、バイデン陣営は逆におとなしく見守る作戦を取った。手元資金においてこれでバイデン対トランプ陣営は互角に立ち、これからが本選と言えよう。大統領選が本格化するのは両党の党員集会後の9月以降。そこで注目されるイベントは9月29日の第1回大統領討論会である。バイデン氏はまだほとんど表舞台に出ておらず、彼への評価今後変わる可能性は十分に考えられる。依然、トランプの劣勢は変わらないものの、バイデンの勝利が確実と思うのは時期早々ではないだろうか。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
【筆者プロフィール】
ジョセフ・クラフト
SBI FXトレード株式会社 社外取締役

1986年6月 カリフォルニア大学バークレイ校卒業
1986年7月 モルガン・スタンレーNYK 入社
1987年7月 同社 東京支社
為替と債券トレーディングの共同ヘッドなどの管理職を歴任。
2000年以降はマネージングディレクターを務める。
コーポレート・デリバティブ・セールスのヘッド、債券営業
そしてアジア・太平洋地域における為替営業の責任者なども歴任
2007年4月 ドレスナー・クラインオート証券 入社
東京支店 キャピタル・マーケッツ本部長
2010年3月 バンク・オブ・アメリカ 入社
東京支店 副支店長兼為替本部長
2015年7月 ロールシャッハ・アドバイザリー㈱代表取締役 就任
現在に至る
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