ジョセフ・クラフト 特別レポート
ソレイマ二司令官殺害までのタイムライン検証・・・
掲載日:2020年01月07日
2020年は比較的落ち着いた景気情勢とは裏腹に地政学・政局リスクに金融市場は晒されると予想したものの、まさか年始早々からこのような深刻な事態になるとは・・・。年末からの楽観ムード(少なくとも米株)に冷や水を浴びせられた感じである。週末にかけて海外投資家のフィーリングを探った。紛争は通常、長期化・深刻化することが少ないため(例えば去年のシリア空爆やサウジ原油施設攻撃など)、こうしたニュースでの株価下落は買いチャンスと見なされることが多い。しかし、今回は不確定要素が多く、激化のリスクも高いことから海外投資家としては当面は様子を見極めるスタンスが主流。
今後の展開を占うのに、下記セクションに添えた政権スタッフによるトランプ大統領の決断の経緯そして政権姿勢は実に興味深い。その前に、一連の動向を時系列(タイムライン)で再確認することでスタッフの見解がより理解しやすくなると思うので下記に紹介したい。
米・イラン対立のタイムライン
12月27日(金):イランを後ろ盾とするイスラム教シーア派武装組織「カタイブ・ヒズボラ」がイラクのキルクークにある軍事施設を30発のミサイルで攻撃、民間のアメリカ人一人が殺害、イラク及び米軍兵数十名が負傷。
12月29日(日):「カタイブ・ヒズボラ」及びイラン対応のためMar-a-Lagoで大統領へのブリーフィング会議が行われる(場所はマー・ア・ラーゴ地下1階の部屋)。主な出席者はポンぺオ国務長官、エスパー防衛長官、ミリー統合参謀本部議長、オブライエン国家安全保障担当、マルバニー主席補佐官そしてユーランド議会担当大統領補佐官*。その後、米F-15戦闘機が「カタイブ・ヒズボラ」が拠点とする5か所(イラク3ヵ所とシリア2ヵ所)を攻撃。ポンぺオとエスパー氏が18:49分に共同記者会見を開き、対カタイブ・ヒズボラへの攻撃を確認。イラク政府は25人殺害、50人以上が負傷と発表。エスパー長官は会見で、「I would add that, in our discussion today with the President, we discussed with him other options that are available. And I would note also that we will take additional actions as necessary to ensure that we act in our own self-defense and we deter further bad behavior from militia groups or from Iran.」と発言、後に振り返ればソレイマ二殺害の予告とも受け取れる内容。
* エリック・ユーランド議会担当はほとんど聞かない人物だが、今回のイラン衝突及び弾劾決議においても大事な役割を担っている。議会担当は、ホワイトハウスと議会の情報収集、調整や連絡など仕切り、与党議員の結束を図りそして野党議員を宥める役割。ユーランド氏は2019年6月に同職に就任、マコネル院内総務の師匠とされるビル・フリスト議員(2007年引退)の首席補佐官を務めるなど、上院に長く携わって来た。
12月31日(火):イラクの親イラン派が米攻撃への抗議として、バグダッドにある米大使館を襲撃。敷地内に火が放たれたり、一部施設に被害が出るも、警備員が催眠ガスや銃で威嚇、まもなく鎮静化する。トランプはツイッターで、「大使館攻撃はイランが仕向けたもので、責任を取らせる」と投稿。エスパー防衛長官は、米兵約750人を直ちに中東へ派遣、更に数日以内に4,000人ほど増派すると発表。
1月1日(水):ポンぺオ国務長官は、ウクライナの他4ヶ国の訪問を取りやめる。同日イスラエルのネタンヤフ首相と電話会談。トランプは、マー・ア・ラーゴにてグラハム上院議員及び少数の共和党議員にソレイマ二殺害計画を打ち明ける。本来プロトコールとして、少なくとも「Gang of Eight(議会トップ)*」に事前説明がされるものだが、民主党議員には事後報告で止められた。
* ご存じの方も居るでしょうが、念のためギャング・オブ・エイトとは: 下院情報委員会~Adam Schiff(民)とDevin Nunes(共)、上院情報委員会~Richard Burr(共)とMark Warner(民)、下院執行部~Nancy Pelosi(民)とKevin McCarthy(共)そして上院執行部~Mitch McConnell(共)とChuck Schumer(民)。
1月2日(木):米国夜、バグダッド空港で米ドローン攻撃によってイラン革命防衛隊コッズ部隊ソレイマニ司令官を含む5人を殺害。攻撃前の朝にエスパー長官がツイートを投稿(下記参照)、今振り返ればイラン政府と関連武装組織向けに警告と受け取れる内容(安全保障関係筋がその説を肯定)。ペンタゴンは記者会見を開き、ソレイマ二氏が米外交官及び兵士に危害を加える策略を阻止するための攻撃と正当化。イラン政府は「厳しい復讐」を誓う。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
ホワイトハウス関係者が明かす米攻撃舞台裏、トランプの心理そして米政権の賭け (ワシントン筋)
ホワイトハウス高官の情報としてワシントン筋からの報告を紹介したい。今回のソレイマ二殺害決断は、タカ派(強硬派)組の勝利と言えよう。皮肉なことに最大のタカ派であるボルトン氏が去った後の強硬姿勢転換。今後の展開について米政府を含め、誰も予想することは出来ないが、アメリカ側の行動に至った経緯そしてトランプ大統領の心理を多少把握することで、一定の道筋が見えてくるかもしれない。
ソレイマ二司令官について:皮肉にも9・11の時は、タリバン撲滅のため、水面下でソレイマ二氏は米国と協力関係にあった。当時、イラン革命防衛隊の指揮官だったソレイマ二とのパイプ役は在シリア米大使官のライアン・クロッカー大使だった。関係悪化の切っ掛けとなったのが、2003年のブッシュ大統領による「悪の枢軸」演説。そして関係が敵対的に移行したのが、その後のイラク進撃、特にアメリカがイランの反体制武装組織「モジャーヘディーネ・ハルグ」を守ったことが挙げらる。これがそもそもの始まり。
ブッシュ政権及びオバマ政権下でソレイマ二氏の殺害計画が検討されたが、いづれも見送られた。ブッシュ政権では、フセイン殺害に躍起でイランと新たな紛争を起こす余力は無かった。オバマ大統領はアフガニスタン撤退を掲げていたことから、更なる地域の介入に消極的、及び腰だった。この「及び腰」という言葉が今回のトランプ決断に繋がるものとは誰も予想出来なかった(詳しくは下記の経緯参照)。
米軍部・情報機関らは、2年前からソレイマ二司令官の日々の行動を詳細に把握していたとのこと。運も重なったが、大統領が決断を下した僅か数日後に計画が実行出来た理由である。近年、ソレイマ二氏は行動を隠さず、大ぴらに活動、公の場にも頻繁に姿を現すようになっていた。これは米国が手が出せないと、同司令官含めイラン政府のおごりと米安全保障機関が指摘。米安全保障陣営は、アメリカが消極姿勢を続けるとイラン(そして関連テロ組織ら)が益々強硬姿勢に転じ、より大きな攻撃に晒されるリスクを危惧していた。
ソレイマ二殺害指示の経緯:27日のミサイル攻撃を受けて、様々なオプションを用意、29日にポンぺオ国務長官とエスパー防衛長官が大統領に提示した。一部報道されているように、ソレイマ二案を選んだのは予想外。一番驚いたのは、軍人であるミリー統合参謀本部議長とのこと。ホルムズ海峡でのタンカー地雷、米ドローン機の撃墜そしてサウジ原油施設攻撃の際、いづれもトランプは報復措置を取らなかった。ボルトン元NSC担当の強い説得にも動じず、それが結果的にボルトン解任に繋がった。これまで軍事攻撃に消極的だったトランプが何故、かなり強硬的なオプションを選んだのか?一つは、米民間人の死が挙げられ、トランプはこのことに憤りを見せていたとのこと。もう一つは、WHスタッフ曰く、ポンぺオ長官の一言がトランプを動かした可能性が高い。
ポンぺオ長官は、これまでの消極姿勢(restraint)は、益々ソレイマ二司令官を筆頭にイラン執行部のおごりと傍若無人な行動を増長さかねないと指摘。そしてトランプの姿勢が明らかに変わった言葉が、「オバマ大統領のように、腰抜け・及び腰外交との批判に晒されかねない・・・」とのこと。同席したスタッフによると、当初はイラクのキルクークやシリアの軍事施設攻撃案に止まっていたのに、ポンぺオ発言を機にトランプがより強硬案を模索し始める。ポンぺオ説得説を裏付けるものとして、同国務長官は日曜日(5日)の主要ニュース番組に手当たり次第出演(小生が把握しただけでも六つ)。無論、国務長官としての説明責任もあるが、それよりも公務で大変にも関わらずあれだけの時間を割くのは極めて異例。ポンぺオ長官は(悪い意味では無く)、トランプを動かしてしまった責任を感じ、トランプへの批判を抑制したい意図があったのではないかと指摘。
トランプ政権の賭け:ソレイマ二殺害案を選んだことは確かに予想外、今でもホワイトハウス内で物議を醸している。しかし、現実的に推奨できない案を大統領に軽はずみに提示することなどありえない。結果的に正しい決断だったかどうかは、時間が経たないと誰にも分からない。しかし、一定の勝算があったとのこと。軍・情報機関執行部は、イラン政権がこの3年間で政治的及び財政的に大分衰退したと分析、つまり正面から強硬な報復措置に転じないと賭けたのである。賭けが成功する見通しはとの問いに、ホワイトハウス高官は、「誰にも分からない、だから賭けである。その中でも中東は最も不確実性がある地域。正直、今回の決断に関してホワイトハウス内でも否定的な見方は少なく無い。」と返答。ホワイトハウスが懸念している本質的なリスクはイラン政府では無く、むしろ後ろ盾になっている無数のテロ組織。イラン政府が衰退するのは一方で良いかもしれないが、その分テロ組織のグリップが緩み、そうした勢力がアメリカ軍事施設・国民を狙う可能性が高まる。簡単にまとめるとこれが最大の不確実要素である。
今後の展開:先ず、アメリカもイランも戦争は望んでいない。WH高官の個人的な見解として、6対4の確率で鎮静化に向かうのではないかとのこと。本来8割と言いたいところだが、上記で指摘した不確実様相があるため6割程度に控えた。その理由は、ほとんど報道されていないが、水面下で積極的な外交攻勢が行われているとのこと。ポンぺオ長官は、イスラエルそしてロシアなど直接電話会談を行っており、クシュナーもサウジ皇太子と連携しているようだ。その他、欧州や国連にもブリーフィングを行っている。実は、イランとも秘密裏で交流しているようだ。確認は出来ないものの、ソレイマ二殺害前に国務省(ポンぺオ長官?)はイラン政府になんらかの事前通告を行った可能性があるとワシントン筋は指摘する。上記のタイムラインで紹介したように、ポンぺオ・エスパー記者会見そしてエスパー長官のツイートでもイランに対して軍事行動を促している。つまり、ソレイマ二殺害は予見しないまでも、イラン政府にとってアメリカの追加攻撃は全くのサプライズでは無かったはず。
そこでイラン政府には、トランプ大統領の1月4日ツイートに鎮静化への道筋が示されているとのこと(下記ツイート参照)。メディアは、「52ヶ所の標的」コメントに着手しているが、実は重要な文面はその前にある。トランプは、「米国民や米施設へ攻撃した場合・・・速やかに、激しく攻撃する」とイランに警告。つまりアメリカ人と米施設への直接攻撃さえ避ければ、一定の報復措置は容認できる。アメリカ政府としては、イランが国内世論のガス抜きのためにも、何らかの報復措置に踏み切らなければいけないことは重々承知している。例えば第三国・同盟国への攻撃(サウジ、イスラエルあるいはイラクの施設など)、ホルムズ海峡の緊張を高める、あるいはサイバー・テロなど間接的な行動が挙げられる。
一つ気になる動きとして昨日、アフリカのケニヤでイスラム系テロ組織アル・シャバブがケニヤ軍の施設を攻撃、アメリカ兵と米民間人二人が殺害された。アル・シャバブはイランとの関係は無い(むしろ敵対的)とされるが、今回の襲撃のタイミングは米・イラン紛争を意識した可能性がある。アル・シャバブとしては、これをチャンスにイラン政府に一定の連携を持ち掛ける意図があるのではと推測される。
沈静化を促す姿勢は同ツイートの最後にも強調されている。トランプは、「アメリカはこれ以上の脅し(攻撃)は望んでいない」と締めくくった。米中貿易交渉でも見られるように、ディールの前に緊張を高め、相手を揺さぶって交渉に入るトランプ特有の「Escalate to De-escalate」戦略かもしれない。しかし、貿易交渉とは次元が違う問題、実に危ない賭けと言わざるを得ない。トランプが沈静化を促しても、問題はイラン政府がそれを把握し、無数のテロ組織を抑えこめられるかであろう。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
【筆者プロフィール】
ジョセフ・クラフト
SBI FXトレード株式会社 社外取締役

1986年6月 カリフォルニア大学バークレイ校卒業
1986年7月 モルガン・スタンレーNYK 入社
1987年7月 同社 東京支社
為替と債券トレーディングの共同ヘッドなどの管理職を歴任。
2000年以降はマネージングディレクターを務める。
コーポレート・デリバティブ・セールスのヘッド、債券営業
そしてアジア・太平洋地域における為替営業の責任者なども歴任
2007年4月 ドレスナー・クラインオート証券 入社
東京支店 キャピタル・マーケッツ本部長
2010年3月 バンク・オブ・アメリカ 入社
東京支店 副支店長兼為替本部長
2015年7月 ロールシャッハ・アドバイザリー㈱代表取締役 就任
現在に至る
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