ジョセフ・クラフト 特別レポート
共和党選対員が指摘するトランプ時代での正しい世論調査の見方・・・
掲載日:2019年07月09日
トランプの支持率が軒並み上昇している。7月7日に発表されたABC/Washington Postの世論調査ではトランプの支持率が44%と就任以降、同調査の最高値を付けた。反トランプの急先鋒でもあるABC/Washington Postの調査でこの数値は一目置くべきであろう。しかし、2016年の大統領選で明白になったことは、トランプ時代では大統領選を占うのに世論調査はあまり当てにならないことである。その要因の一つが、所謂「隠れ票」である。内心はトランプ支持であっても表立って公表するのが恥ずかしい・怖いことから不支持と答えてしまう。その意味で、ある共和党2020年選対委員によると昔は世論調査の許容誤差は2~3ptに収まっていたが、近年は5~6ptを見ないといけないとのこと。もう一つの要因は投票率。今までは投票に出向く有権者層はさほど変わらなかったが、トランプ以降は(民主・共和ともに)これまで投票しなかった者が投票するなど、投票パターンが見え難くなったととも指摘する。
共和党の選対委員会及びホワイトハウスは、世論調査を大統領選を占う指標として見るのでなく、選挙選においての争点あるいは取り組むべき議題を示す有効的なバロメーターとして考えていることが分かった。すなわち支持率が「上がった」・「下がった」ことが大事では無く、何で動いたのかを分析し、選挙戦略(つまり争点)に生かす判断材料にしているとのこと。これを念頭に世論調査の変動とトランプ政権の言動・行動を照らしあわせてみよう。下記表は以前にも紹介した「Realclear Politics」が主要世論調査をまとめて集計した平均支持率である。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
支持率がトランプの言動・行動に影響を及ぼしている例として、先ず2月5日に注目したい。政府機関閉鎖によって低迷していた支持率が41%から44%に跳ね上がる。この要因は5日に行われた一般教書演説で、トランプが民主党が社会主義を推進しているとの主張が有権者に響いたとされている。ご存じ、一般のアメリカは歴史的に社会・共産主義には強いアレルギーがある。それ以降トランプは一貫して民主党を社会主義と結び付けようと(ブランド化)して来た。その罠にまんまとハマったのが、バーニー・サンダーズ。彼はしきりに「民主的社会主義」という自論をを主張しており、トランプの支持率に貢献するだけでなく、民主党候補の中で自分の支持率を下げてしまっている。
もう一つトランプの言動が変わった例として5月14日が挙げられる。この日は、アラバマ州が(共和党本部及びホワイトハウスの支持の下)中絶禁止法案を議会で可決した日にあたる。反中絶(プロ・ライフ)政策は共和党保守派から強い支持があり、アラバマ州を皮切りに他の保守州にも広げる狙いがあった。この法案は強姦、近親相姦あるいは母親の命が危険にあっても中絶を許さない厳しいもので、保守層でも躊躇いを生んでしまった。結果、トランプの支持率は45%から42%に急落する。トランプは5月19日に、「中絶反対を強く支持するも、三つの例外を設けるべき」と姿勢を緩和させた。それ以降、トランプは遊説などで中絶に関する論調がめっきり減ったのである。
今後のトランプ言動・行動を占うのに直近の支持率を見てみたい。7月1日以降、トランプの支持率が反発している。記憶に新しいと思うが、この背景にはG20での「米中貿易交渉再開」そして「米朝首脳会談」がある。米中貿易交渉は大きな進展は無く、交渉を再開したに過ぎない。米朝会談は確かにサプライズだが、非核化に関してほとんど言及しなかった。ポイントは本質的進展は無くともパフォーマンス効果はあったと言えよう。その意味で、トランプは対立・緊張をエスカレートするより今後は融和ムードの演出を優先することが予想される。たとえ対立軸を作っても、複数では無く一つあるいは少数(例えばイラン)に絞るものと予想する。上記の分析からホワイトハウス・共和党としては、世論調査を再選の水晶玉では無く、選挙選で効果的な争点を吟味するバロメーターとして使っていることが伺える。
トランプ再選のリトマス試験紙はポンぺオとペンス・・・
ワシントン政局インサイダーの間で、ポンぺオ国務長官の処遇が注目されている。ポンぺオ長官による直近のキャリア判断がトランプ再選確率のホワイトハウス内の真の見解を示すとの見方がある。理由は次の通りである。現職で共和党の重鎮のパット・ロバーツ上院議員が(1月に)引退を表明、2020年にカンザス州の上院議員席が空く。ポンぺオ氏はカンザス州出身。彼は野心家でいずれ大統領に立候補することが予想されている(側近らには既にその意向を示しているとのこと)。国務長官のままトランプが落選すると政治キャリアは当面中断、復帰を目論んでも敗戦のレッテルは付いて回る。上院は大統領への近道とされ、2020年に鞍替えすれば知名度を保ち、2024年あるいは2030年に立候補しやすくなる。平たく言うと、トランプという船が沈みかけているかどうかを判断するにはポンぺオというネズミの行動を見ること。実は、今年の2月に(同理由で)ポンぺオ退任の憶測が浮上してポンぺオは公式に否定している。その裏事情としてトランプ及び共和党の反対があったとのこと。当時は大統領選を占うのに時期尚早であり、劣勢に立たされる感も無かった。しかし、それから約半年経って共和党選上層部の見解に多少の変化が見られる始めているとのこと。共和党選対委員会としては、ポンぺオが立候補すれば間違いなく勝利するが、現在挙がっている他の候補だと勝利は確信できないとのこと。下院に加え、上院までもが民主党に落ちればトランプが再選しても弾劾されかねず、トランプとしても背に腹は代えられない。今回、ポンぺオ長官が上院への鞍替えをトランプに打診すれば、受け入れらる可能性があると内部関係者は見ている。ポイントは、トランプ自身が再選を危ういとみているかどうかであり、その最初のリトマス試験紙がポンぺオ長官の行動だ。
第2のリトマス試験紙がペンス副大統領。もし再選が本当に危ういとなれば、ペンス副大統領を女性あるいはマイノリティと交代させて大統領選に臨む「Plan B(代替案)」が共和党選対本部で浮上しているとのこと。民主党は大統領あるいは副大統領に女性を立てて来る可能性が極めて高い。トランプ・ペンスという白人且つ高齢男性で戦うのは不利との見解は正しい。共和党全国大会前(2020年7月)で、トランプが劣勢に立たされていると共和党及びホワイトハウスが判断すれば、副大統領交代が交代する可能性がある。このシナリオを真剣に考えるのは時期尚早であるが、副大統領候補としてLiz Cheney(チェイニー元副大統領の娘)、Niki Haley(元国連大使)あるいはElaine Chao(現交通長官そしてマコネル上院院内総務の妻)などの女性が密かに挙がっているようだ。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
共和党選対本部による5月世論調査と6月のトランプ政策・行動・・・
5月後半(20日過ぎ)に共和党選対本部が激戦州(スイング・ステート)での大統領選世論調査を行い、惨憺たる結果だったと伺った。最も重要なラストベルト4州(Wisconsin, Michigan, OhioそしてPennsylvania)だけでなく、農業州のコーン・ベルト(Iowa, Kansas, Indiana,やNebraskaなど)でも劣勢に立つ結果だったとのこと。例えば個別に民主党候補との対決に際して、トランプの支持率は対バイデンは無論、サンダーズ、ウォーレン、ハリスそしておまけにブティジッジにまで負けた。これに激怒したトランプは調査を主導した選対委員数名と広報室1名を解雇したとのこと。一つ注意すべき点として、この時期は野党に注目と話題が集まることからもともと現職大統領と与党に不利な結果が出やすい。共和党選対委員によれば、それでも結果は酷いものだったと認めざるを得ないと明かした。
以前からトランプの言動・行動は常に再選を意識したものと伝えて来た。直接の因果関係は証明できないが、上記世論調査を受けて6月からトランプの政策・行動に変化が伺える。5月のトランプは、中国貿易交渉の中断、更なる関税の脅しに始まり、不法移民の取り扱いで民主党と衝突あるいはイランとの対立・緊張を高めた。しかし6月に入り、メキシコ関税は見送られ、イラン空爆撤回、不法移民救済予算の成立そして米中貿易交渉再開や3回目の米朝会談など、軒並み融和姿勢に転換している(下記左表参照)。G20でもトルコのエルドアンを筆頭にトランプは各国首脳と融和姿勢を見せ、CNNが「チャミー(仲良し)姿勢は2020年の危機感の表れ」と皮肉ながら的確な指摘を行うほど目立つ変化である(下記右図参照)。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
では共和党の内部調査通り、トランプは本当に劣勢に立たされているのか? 7月7日のABC/Washington Postも同様の調査を行っており、検証してみたい。同調査では対バイデンでトランプは14ポイント負けており、カマラ・ハリスに対して8ポイント、ウォーレン・サンダーズでも6~7ポイント、おまけにブティジッジでも4ポイントの差を付けられている(下記表参照)。驚くべきは「社会主義候補」という架空の候補に対してもトランプは同率(46対46)となった。しかし、これは全成人を対象としたもので、登録されている有権者に限定すると、対バイデンで依然10ポイントの差が付いているものの、他の候補とはほぼ同率に並ぶ。これであれば挽回の余地は十分にあり、深刻な状態とは言い難い。
共和党選対委員によれば、民主党候補同士が争う間、トランプが有権者に支持される議題そしてアクションさえ取り続けていればモメンタムは徐々にトランプ政権に傾くと指摘する。野球に例えると「野党は先攻で与党は後攻、この時期を乗り切れば追い風は吹いてくる」と選対員は主張。確かに、現職の大統領が負けたのは戦後2回しかない(カーターとブッシュ父)。トランプの再選は容易では無いと考えるが、共和党そしてホワイトハウスは世論調査を注意深く見ながら舵取りを行っているようだ。舵取りさえ間違えなければ、トランプと言えども現職の力は侮れない。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
【筆者プロフィール】
ジョセフ・クラフト
SBI FXトレード株式会社 社外取締役

1986年6月 カリフォルニア大学バークレイ校卒業
1986年7月 モルガン・スタンレーNYK 入社
1987年7月 同社 東京支社
為替と債券トレーディングの共同ヘッドなどの管理職を歴任。
2000年以降はマネージングディレクターを務める。
コーポレート・デリバティブ・セールスのヘッド、債券営業
そしてアジア・太平洋地域における為替営業の責任者なども歴任
2007年4月 ドレスナー・クラインオート証券 入社
東京支店 キャピタル・マーケッツ本部長
2010年3月 バンク・オブ・アメリカ 入社
東京支店 副支店長兼為替本部長
2015年7月 ロールシャッハ・アドバイザリー㈱代表取締役 就任
現在に至る
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