ジョセフ・クラフト 特別レポート
やっぱりメイ首相は交渉下手 ~ 茫然自失なEUへの書簡を検証・・・
掲載日:2019年04月09日
予断だが、ブレキジット迷走の中、英国旅券発給局(HMPO)は3月30日からEU離脱に向けて暫定パスポートの発行を始めた。暫定パスポートにはこれまで頭の上に明記された「European Union」の文字が消えている(下記写真参照)。旧パスポートしか見たことの無い一部の若者層から違和感があるとの抗議が寄せられているとのこと。そして2019年10月から支給予定の新パスポートは青色、皮肉にもEUカラー(下記参照)。こうして徐々に見え始める変化が国民心理を残留へあるいはより離脱へ傾けるか見極めていきたい。
さて、4月5日にメイ首相はEUに対して6月30日までの再延期申請の書簡を送った。予想通りの延期要請だが、書簡の中身は全くの予想外。これまでメイ首相のブレキジット対応への批判は多かったが、個人的には難しい立場に置かれてシンパシーを感じていた。更にその粘り強さというか頑固までに諦めない姿勢には共感・感心する部分もあった。しかし今回、3ページにも渡る書簡は失望というか驚くほど無神経且つ非建設的なもので呆気に捕らわれるた。ブレキジット交渉を上手く運ぶには三つの交渉相手を上手く取り込む必要がある: ①野党・残留派、②与党・離脱派そして③EU議会・首脳。今回の書簡は、自身の離脱案の正当化に依然拘り、野党への愚痴を延々と綴りそして肝心のEUへの配慮・敬意を著しく欠く身勝手な内容で、3者を取り込むどころか全員を孤立・憤慨させるだけのものと考える。
EUの視点: 先ず、2ヶ月程度の延長を要請するのに978文字も必要であろうか?これまでの迷走ぶりと混乱を考えれば、EUに対して多少の申し訳なさや慎ましさを示すのが常識、少なくともお願いごとをするわけだから戦略的に意味があるのではないか?ところが書簡には、「sorry」、「apology」、「regret」、「unfortunate」、「understanding」、「please」や「appreciate」などの言葉が一つも盛り込まれていない。EUが延長に際して求めているのは(具体案では無く)、一定の方針を議会で合意すること。野党の話し合いがまとまっていないうちに、3ページに渡って自身の離脱案の正当化、野党への愚痴そしてEUのスケジュール(議会選挙)への配慮を欠いた文面を送られても困るだけである。兎に角EUからすれば自分たちに関係のない自論と愚痴を延々に綴られても迷惑なだけである。むしろEU内の強硬姿勢主張(合意無き離脱)をかえって後押しするだけである。これではマクロン仏大統領はもとより、穏健なルッテ蘭首相が怒るのも無理はない。更にトゥスク議長はかねてから長期延長を打診しているにも関わらず、それを無視してEU議会選挙後の僅か1ヶ月という短期延長を求めるのは議長の顔に泥を塗るようなもの。これではEUの理解・同情を得られるのは難しく、ネゴシエーターとしては驚くほど失格と言わざるを得ない。
野党・議会の視点: 自身の離脱案が3度も否決そして挙句の果てにはブレキジットの交渉権まで奪われたとは思えない反省・謙虚さに欠ける文書。EUに離脱案が前提とこれまでの姿勢を強調そして迷走は野党・議会が悪いと主張。10日のEU理事会まで5営業日もあるのに早くも匙を投げたか?これでは野党はおろか議会がメイ首相に耳を傾けるはずも無い。今回の書簡でメイ首相は早期の退陣を決定づけたと感じた。もしかしたらそれが彼女の本心なのかもしれない。野党(ジェレミー・コルビン)を擁護するつもりは毛頭無いが、これでは今後誠意をもって交渉には挑めないだろう。例え延期が認められても、今後の交渉がより厳しいものになることが予想される。本来であればコルビン労働党党首に共同での書簡を持ち掛けて、EUに共闘姿勢をアピールすればより延期を認めやすいが、野党・議会への愚痴に徹する器の小ささを露呈しただけ。野党・議会を逆なでするのが目的ならともかく、実に交渉下手と言わざるを得ない。
保守党・離脱派: 今回の書簡は保守党そして離脱強硬派らを意識、媚を打った印象が否めない。書簡は離脱を前提に書かれており、外部(EU・野党)よりも身内を絶えず気にしている印象を受ける。つまり、未だに打ちはの政局事情に捕らわれているということ。ところが、離脱強硬派はもとより閣僚の多くの支持は既に失っており、今更寄り添っても期に失している。政治家として決断力、タイミングや戦術が無いことを証明しただけの文面となったと言わざる負えない。
下記にメイ首相の書簡全文そして(問題文に対する)感想を添付。
出所:GOV.UK Developer Documentation
メイ首相のKY書簡の一部指摘
•「The House of Commons has not thus far approved the deal that would enable this, nor -- despite considerable efforts by both Members of Parliament and by the Government -- has it yet found a majority in favour of any other proposal.」 ~ メイ首相は基本的に「政権の多大な努力にも関わらず、未だに(私の)離脱案に合意できていないどころか代替案への合意も出来ていない」と議会への責任転換と愚痴と明記。EUにとっては知ったことでは無い。この文は単に議会・与党との溝をより広げてしまう無意味なものに過ぎない。
•「This impasse cannot be allowed to continue. That is why the Government has decided to take further action to seek a consensus across the House of Commons on the right way forward.」 ~ 「行き詰まり状態は続けられない、だから政府は議会とコンセンサスを見出す正しい行動を取ることにした」と、まぁ~トランプも赤面するほどの勝手な解釈。メイ首相・政府が率先して議会対話を模索したのでは無く、議会から交渉権を(3月25日に)奪われたからこの状況に陥ったのである。いづれにせよ、これもEUからしてみれば自分たちには関係の無い話。
•「I therefore met the Leader of the Opposition earlier this week to discuss...We agreed follow-up discussions that are now taking place. If a consensus is going to be found, compromise will be needed on all sides, in the national interest.」 ~ そんなこと承知している。知りたいことは、どのような方針を野党と合意したのかである。先ず、10日のEU臨時首脳会議まで5日もある。野党とまだ交渉過程にあるならば、延期申請よりもギリギリまで交渉することが先決ではないか?とにかく誠意をもって交渉に挑んでいる印象が薄い。それから「コンセンサスには双方の妥協が必要」と自分はほとんど妥協もしていないのに野党への説教とも思われる文。無論、これもEUからしてみれば知ったことでは無い。
•「If the talks do not lead to a single unified approach soon, the Government would instead look to establish a consensus on a small number of clear options on the future relationship that could be put to the House in a series of votes to determine which course to pursue.」 ~ 野党と合意が無ければ代替案の合意を議会で目指すと・・・「だったらそれをやってから延期申請しろよ~」とEUは思っているんではないだろうか?12日(10のの臨時会)が迫っているのに、危機感・誠意が全く感じられない。これもまた、EUとしては報告は要らないから結果を出せと呆れているのではないか?
•「I am clear that all of these discussions need to be based on acceptance of the Withdrawal Agreement without reopening it...」 ~ 自身の離脱案に沿って交渉を進めるかのような前提条件では野党・議会の不信感を買い、合意を見出せるはずも無い。交渉相手の立場を理解しているという基本が全く見られず、浅はかさを露呈するだけの文面。
•「It remains the Government's view that, despite this request to extend the Article 50 period, it is in the interests of neither the United Kingdom as a departing Member State, nor the European Union as a whole, that the United Kingdom holds elections to the European Parliament.」 ~ なんてKY且つ不敬なコメント。先ず、EUが神経をとがらしている議会選を混乱させているのがイギリス。議会を取りまとめられない張本人に、議会選に参加すべきではない、仕方なく参加するのだと言わんばかりの主張は失礼甚だしい。上記で指摘したように978文字の文面には、詫び、申し訳ないとの気持ちが一つも書かれていない。イギリスよ、紳士精神は何処に行ってしまった?
•「The process I have laid out in paragraphs 4 and 5 is designed to bring the House of Commons to rapid approval of the Withdrawal Agreement and a shared vision for the future relationship」 ~ KY暴走が止まらない。またもや自分の離脱を可決させる宣言。それも早期に!だったらさっさとやれよ!EU首脳陣からしてみれば3度も否決されDUP党が支持を否定している中、何を根拠に押し通せるのか説得力に全く欠ける主張。何度も言うが、この文もまたEUからしてみれば勝手な主張で関係の無い話である。
•「I am writing therefore to inform the European Council that the United Kingdom is seeking a further extension...this period should end on 30 June 2019. If the parties are able to ratify before this date, the Government will want to agree a timetable for ratification that allows the United Kingdom to withdraw from the European Union before 23 May 2019 and therefore cancel the European Parliament elections」 ~ 勝手に延期期間を指定、そして合意に至れば勝手にEU議会選参加をキャンセルと通知。これだけ混迷して来て詫びの一つも無しに良くもぬけぬけとそんなことを言えるなとEUの首脳らは呆れているのではないだろうか?
•「It is frustrating that we have not yet brought this process to a successful and orderly conclusion.」 ~ お前に言われたく無いわ~!!
2020年米大統領選 ~ 民主党に以外な救世主現る?
ピート・ブーティジェッジをご存じだろうか? 2020年大統領選はおろか民主党指名候補を予想するには到底早すぎるが、ブーティジェッジ氏は要注意人物かもしれない。アメリカでは選挙戦の流れ・勢いを見極める一つの有力なデータとして政治献金が挙げられる。先週、1~3月期の民主党候補が集金した政治献金額が発表された。驚いたことにブーティジェッジ氏が700万ドルも計上した(下記表参照)。この集金報告で最も驚くべきことは、ブーティジェッジ氏はまだ正式に立候補していないにも関わらず、彼より遥かに注目・露出度の高いベト・オルーク氏の献金額(930万ドル)と大きな差が無い。
現段階での勢い・可能性はバーニー・サンダーズに軍配が上がる。注目のベト・オルーク氏は立候補した初日に集めた献金額はサンダーズ氏を上回り($610万対$590万)、勢い良く参入した。ところが二日目以降の一日平均集金額は19.4万ドルとサンダーズ氏(30.8万ドル)に溝を開けられている(下記表参照)。逆にブーティジェッジ氏が地道な草の根運動によって急速に献金を伸ばして来ている。
ブーティジェッジ氏とはどんな人物なのか?彼は37歳(大統領候補として認められる最少年齢は35歳)でインディアナ州、サウスベンド市の市長を2期務めている。驚きなのがキリスト教信者でありながら、ゲイで男性と正式に席を入れている。インディアナ州という保守地域では珍しい。ブーティジェッジ氏に期待が集まるのは、トランプとは正反対であることではないかと思う。性的志向の他に37歳対72歳の年齢差、ブーティジェッジは軍歴(アフガニスタン参戦)があるのに対してトランプはベトナム徴兵を避けた、更にハーバード大学を優等な成績で卒業したのに対してトランプは大学時代の成績を公表しないよう大学に指示している。
個人的に、オルーク氏よりブーティジェッジ氏の方が可能性そして力量が高いと思う。オルーク氏は大衆受けするが、政策知識に乏しくこの先行き詰まると予想する。ブーティジェッジ氏は庶民的である一方、ハーバードを主席で卒業しただけに政策通であり、咄嗟の問題にも対応力を見せている。ブーティジェッジ氏がいくら有力と言っても、同性愛男性が大統領として受け入れられるにはまだ壁が高いと思われる。しかし、副大統領候補としては可能性があり、今後民主党を引って行く存在になる可能性が高く注視すべき存在と思われる。
ブーティジェッジ氏が検討したとしても、現在の段階ではバーニー・サンダーズあるいはジョー・バイデンが(少なくとも献金動向を見る限りでは)有力と言わざるを得ない。80歳近い白人男性(しかも一人は社会主義者)の戦いだと、現在としては(現職大統領である)トランプの方が有力である。民主党の迷走はまだしばらく続くであろう。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
【筆者プロフィール】
ジョセフ・クラフト
SBI FXトレード株式会社 社外取締役

1986年6月 カリフォルニア大学バークレイ校卒業
1986年7月 モルガン・スタンレーNYK 入社
1987年7月 同社 東京支社
為替と債券トレーディングの共同ヘッドなどの管理職を歴任。
2000年以降はマネージングディレクターを務める。
コーポレート・デリバティブ・セールスのヘッド、債券営業
そしてアジア・太平洋地域における為替営業の責任者なども歴任
2007年4月 ドレスナー・クラインオート証券 入社
東京支店 キャピタル・マーケッツ本部長
2010年3月 バンク・オブ・アメリカ 入社
東京支店 副支店長兼為替本部長
2015年7月 ロールシャッハ・アドバイザリー㈱代表取締役 就任
現在に至る
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