ジョセフ・クラフト 特別レポート
① バイデン政権のインフラ投資提案の中身と可決への道のり
掲載日:2021年04月07日
バイデン大統領は3月31日に2.2兆ドル(約250兆円)のインフラ投資計画を打ち出した。因みにインフラ投資法案はオバマ政権そしてトランプ政権も試みたが、途中で断念することになった。今回は、インフラの老朽化に加え、中国という脅威に議会は危機感を抱いていることから法案成立の可能性が高まったと考える。インフラ投資法案は、秋口に財政措置法の適用を通じて可決するものと予想する。しかし、党派を超えて賛成・反対の議員が出ることから可決にはある程度の政策修正(妥協)を強いられると思われる。
民主党左派勢力は当初4兆ドル規模の投資案を要求、オカシオ・コルテス下院議員に代表される進歩派は10兆ドル規模を主張。10兆ドルは論外としても、ホワイトハウスは4兆ドル規模では共和党が交渉のテーブルにさえつかないことから2.2兆ドルとより現実的な規模に収めた。ただバイデン政権の考えとしては、先ず2兆ドル程度のインフラ投資法案を可決した後に、進歩派を宥めるために新たに2兆ドル規模の追加法案を提出する予定のようだ。現実的には2回目のインフラ法案の可決は難しいが、ホワイトハウスの本音は左派勢力へのアピールが目的のため、通らなくとも大きな痛手とは考えていない。
インフラ提案の内訳は下記の表に明記してある通り。可決までの道のりについても検証してみたい。
可決には60票が必要(法案修正に柔軟姿勢) ~ 予算案など重要法案は上院で60票が必要で、今回も例外ではない。1.9兆ドルの頃案対策法案は、財政措置法という荒業によって50対50で強引に押し通した。今回バイデン大統領は、融和・超党派姿勢をアピールすべく、先ず60票を目指す。インフラ投資においては共和党の中でも支持者は少なく無いため、コロナ対策法案より可能性が高いと見込んだと思われる。しかし、共和党議員を取り込むにはインフラ法案の中身を修正することが求められホワイトハウスはそうした要望に柔軟な姿勢を示している。問題はこちらを立てれば、あちらが立たずというように、修正の度合いによっては民主党議員が反対に回るリスクが生じることからバランスを取るのは容易ではない。結論は、数人の共和党議員を取り込んでも60票に満たないと思われる。
財政措置法(1974年議会予算統制法) ~ 民主党執行部は既に60票は取れないと見込み、財政措置法の適用を模索している。財政措置法は年1回のみの適用と制限されているため、次に発動できるのが2022年の財政年度が始まる今年の10月以降となる。しかし、シューマー上院院内総務は、(マクドノー)上院議事運営に1974年議会予算統制法の304条の適用を認めるように求めている。304条とは、以前に発動した財政措置法に修正を加えられる修正措置。条約の本来の目的は、財政措置法案にミスや記入漏れがあった場合の保管的措置。ところが民主党執行部は、コロナ対策法案を可決した前の財政措置の中にまるまるインフラ投資法案を組み込み、この部分だけ50票の過半数で可決することを狙っている。マクドノー上院議事運営は前向きに適用を検討しているとのこと。適用が認められれば、60票を集められないことが明らかになった時点で、新財政年度の10月を待たずに財政措置法を発動することが出来る。民主党は散々共和党の強引な上院議会運営を批判して来たが、自分らが政権を奪回すればマコネル共和党院内総務のお株を奪うような荒業を躊躇なく繰り出している。たとえ財政措置法を発動しても、党内から1票も落とせないことから可決に至るには結構時間が掛かるものと思われる。
法案成立のタイミング ~ サキ報道官は、「願わくは5月末までに法案の交渉が進み、夏には票決に持ち込みたい」と記者会見で言及。ただこれは希望的観測で、現実的には秋口まで時間がかかると予想する。8月から夏休みに入るため、夏と言っても7月中旬となる。ペロシ議長は下院での成立を7月4日の独立記念日前を目指すと言っているが、それから上院に上げても8月までにまとまるには時間が少な過ぎる。インフラ投資法案は一部民主党議員からの反発が予想され、財政措置法を適用してもインフラ法案の修正議論がズレ込み、結局10月の秋口まで時間を要するものと推察する。
投資案(支出) ~ インフラ投資の項目は大きく分けて5つに分類出来る: ①交通インフラ($6,210憶)、②Medicareの拡充($4,000憶)、③生活インフラ($3,000憶)、④住宅・ビルの効率化($3,000憶)そして⑤製造業投資と研究開発($5,800憶)。その中でいくつか気になったものを取り上げたい。先ず、交通インフラの中で、「AMTRAK(全米鉄道旅客公社)の修復と近代化」に$800憶が宛がわれる。日本は、テキサス州ダラスの新幹線プロジェクトを受注したが中々進んでいない。カリフォルニア州そして東海岸での高速鉄道計画が棚上げになっている。AMTRAKの整備が鉄道計画の主流を占めるようだと新幹線構想はもとよりテキサス州のプロジェクトが廃止になる恐れがある。生活インフラにおいて、「電力網の強化とクリーン・エネルギーへの移管」に$1,000憶が投じられるが、化石燃料事業(雇用)が多いペンシルバニア、オハイオ、ウェスト・バージニア州などのラストベルト地区からの反発が見込まれ、地域の民主党議員でさえ同意を得るのに苦労すると思われる。次に住宅・ビルの効率化と低価格化の中で$2,130億が「電力消費の高効率住宅とビルの建設または修復」に宛がわれるが、これは簡単に言うと低所得層に低価格住宅を提供するもので、実態はより社会保障に近い。最後に製造業投資と研究開発の中で、$3,000憶が「調達、サプライチェーンの確保」に宛がわれるが、これはサプライチェーンの名の下の雇用拡大計画。バイデン大統領が示唆しているように、これら投資計画の多くは修正が求められることが予想される。
投資案(収入) ~ 増税項目の中で、法人税の引上げ(21%→28%)に注目が集まりがちだが、全体の印象としては税額控除(抜け道)の縮小・規制強化が主流になっている。取り分け、「最低海外収益税」、「企業合弁(Tax Inversion)」あるいは「海外への資産移転の課徴金」など海外での収益あるいは移転による節税の取り締まり措置が多い。バイデン政権・民主党の規制強化姿勢が表れ始めていると見受けられる。
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
② 米コロナ感染状況とCDC所長の「差し迫った破滅」発言
米CDC(疾病対策センター)のロシェル・ワレンスキー新所長が3月29日にコロナ感染第4波の注意喚起を行った。驚いたのは、事前に用意していた原稿から逸れて、「差し迫った破滅」と異例の表現を行った(下記①参照)。彼女の趣旨は変異株による感染が広がっており、アメリカの感染奇跡が欧州と似ており、予防策の引き締めをしないと二の舞を踏むというもの。上記の①でも紹介したが、この異例な発言によってホワイトハウスが感染状況を見極めるべく日米首脳会談の(1週間の)延期を決断した一つの要因である可能性がある。正直、「差し迫った破滅」という表現は過剰ではないかと感じる。トランプ政権下では明らかにコロナ感染への危機意識が欠如していたが、バイデン政権はその反動で過剰に危機感を煽っていると言わざるを得ない。
そこで米国の感染及びワクチン普及状況を検証してみたい。
感染状況 ~ 1月8日に1日の感染者数が最多の300,669人に達した後、その後は6万人台まで改善、3月23日には7日間平均が56,799人まで減少した。ところが直近では感染者数が微増、4月5日の感染者数が76,624人、7日間平均も64,855と増えている(下記チャート②参照)。ワクチン接種が急速に普及しているにも関わらず、感染者数が増加に転じていることにCDCが懸念を抱いている。この背景にCDCは変異株が要因と位置付けており、欧州の動向を強く意識している。取り分け感染者が増加している地域がミネソタ州、ウィスコンシン州そしてミシガン州などの中部北部そしてペンシルバニア州、ニュー・ジャージー州やニューヨーク州の東北地域である(下記チャート②参照)。
ワクチン状況 ~ バイデン大統領は3月25日の初記者会見では、ワクチン接種回数を1日200万回目指すと宣言したが、その時点で既に1日243万回に到達、現在4月5日の時点で1日300万回以上まで拡大している(下記チャート③参照)。現在、全大人の32%が少なくとも1回の接種を受けており、このペースだと6月15日には70%そして7月22日は90%の大人が接種出来ている計算となる(実際には接種を拒む者が想定されるので70~80%あたりで高止まる予想)。このように急速なワクチン普及事情を見ると、危機感を高めておきたい気持ちは分かるが、CDC所長の「差し迫った破滅」はちょっと度が過ぎているように感じるが、確かに油断大敵。
欧州そしてアメリカの状況を踏まえると、ワクチン普及が相対的に遅い日本の情勢が気掛かりである。大阪や宮城での感染状況を見る限り東京・関東での第4波リスクは高い気がする。そうしたリスクの中で、野党が不信任案を提出しても果たして菅総理は7月4日の同日選挙に持ち込めるのか?
出所:ロールシャッハ・アドバイザリー
【筆者プロフィール】
ジョセフ・クラフト
SBI FXトレード株式会社 社外取締役

1986年6月 カリフォルニア大学バークレイ校卒業
1986年7月 モルガン・スタンレーNYK 入社
1987年7月 同社 東京支社
為替と債券トレーディングの共同ヘッドなどの管理職を歴任。
2000年以降はマネージングディレクターを務める。
コーポレート・デリバティブ・セールスのヘッド、債券営業
そしてアジア・太平洋地域における為替営業の責任者なども歴任
2007年4月 ドレスナー・クラインオート証券 入社
東京支店 キャピタル・マーケッツ本部長
2010年3月 バンク・オブ・アメリカ 入社
東京支店 副支店長兼為替本部長
2015年7月 ロールシャッハ・アドバイザリー㈱代表取締役 就任
現在に至る
【ご注意事項】
お客様は、本レポートに表示されている情報をお客様自身のためにのみご利用するものとし、第三者への提供、再配信を行うこと、独自に加工すること、複写もしくは加工したものを第三者に譲渡または使用させることは出来ません。情報の内容については万全を期しておりますが、その内容を保証するものではありません。 また、これらの情報によって生じたいかなる損害についても、当社および本情報提供者は一切の責任を負いません。本レポートに表示されている事項は、投資一般に関する情報の提供を目的としたものであり、勧誘を目的としたものではありません。投資にあたっての最終判断はお客様ご自身でお願いします。